まだ見ぬ子どもの幸せをもっと考えられる社会に
1979年徳島大学医学部卒業、同産科婦人科入局。1983年同大学院医学研究科修了(医学博士)。米メリーランド大学医学部産婦人科研究員などを経て、2001年から現職。
1943年に開講した徳島大学大学院医歯薬学研究部産科婦人科学分野。長い歴史を持つ教室として関連病院は20余り。四国のみならず遠くは北海道まで医師を派遣する。研究面では長年「不妊・内分泌」を教室の中心テーマに据える。現代の生殖補助医療の課題は複雑化しているようだ。
―現状は。
年々、減少傾向にある我が国の出生数は94.6万人(2017年)。生殖補助医療(ART)による出生数は年間でおよそ5万4000人です。
今や17人に1人が体外受精などのARTによって生まれた子どもです。当産科婦人科においても生殖補助医療を受ける患者数は増え続けています。
最近では男性不妊症の問題がマスコミに取り上げられていますが、不妊治療においては特に目新しいことではありません。不妊の原因が男性にも同様にあるという認識が社会に広がっていけばと思います。
また、夫婦の関係が対等になってきたことで、夫も不妊症を自分の問題として捉える姿勢に変わってきたように感じています。
―不妊症は増加しているのでしょうか。
男女共に年齢を重ねると妊孕(よう)性は落ちていきます。晩婚化が進むにつれて不妊症は増えます。特に40歳を超える方の不妊症は問題です。
不妊症に関連する課題は大きく分けて三つあると思います。まず一つ目が妊娠率の問題、二つ目が生殖補助医療における女性を取り巻く環境の問題。そして三つ目が倫理の問題です。
我が国のARTによる妊娠率は世界と比較して低いのです。なぜなら40代の方も含めて治療を実施しているからです。
年齢を重ねるにつれて男女共に妊孕性が低くなるのは、われわれが「生き物」であるからにほかなりません。
「女性は若いうちに出産を」といった男性の発言が、「女性は道具ではない」と批判的に取り上げられることがあります。
高齢化に伴う妊孕性の低下は否めないのです。女性が妊娠や出産の正しい情報を得て、その上で自身の人生を真剣に考えてほしいと思います。そう願っている医療者の情報がちゃんと伝わっていないような気がして、残念でなりません。
―働く女性が置かれている環境をどう思いますか。
マスコミをはじめ、企業で男性と同じように働いている女性と話す機会が少なくありません。
いずれは結婚して子どもを授かりたい。けれどもいったん仕事を休んだり、辞めたりすると、今まで積み上げたキャリアを失ってしまうのではないか。そんな不安を感じていると打ち明けてくれます。
妊娠、出産を望むときに最も大事な時期は20代から30代です。妊娠、出産後も当たり前に復帰し、男女が平等に働き続ける。そんな社会的なシステムを根付かせることが必要でしょう。女性たちが長いスパンで働き続けられる日本にシフトしてほしいと思います。
―倫理的な問題についてはいかがでしょうか。
ARTを受けるカップルは今後減少すると思われます。そうなると、不妊治療の専門施設はどのような手を打つでしょうか?
「着床前遺伝子診断ができますよ」「卵子を活性化しましょうか」。国内外のさまざまな技術を取り入れて付加価値を提示するのではないでしょうか。
日本産科婦人科学会倫理委員会メンバーの一人として、これまでも重要な選択や判断に携わりました。
生殖補助医療が一般の医療と大きく違うのは、患者さんの決断のみでは治療ができないことです。そこには、まだ見ぬ子どもたちの存在があります。
子どもたちの真の幸せとは何か。それを忘れてはなりません。国民が納得できる答えを見いだせるよう力を尽くします。
徳島大学大学院医歯薬学研究部 産科婦人科学分野
徳島市蔵本町3-18-5
TEL:088-633-7177
http://www.tokudai-sanfujinka.jp/