加齢、出産が大きな要因とされる尿漏れや骨盤臓器脱を専門とする「ウロギネコロジー」(泌尿器科と産婦人科を合わせた造語)に力を入れ始める医療機関が増えている。女性特有の泌尿器科疾患に「光」が当たるようになったことで、治療のニーズがさらに拡大していきそうだ。
性別でどんな違いがある?
QОLの著しい低下を招く「排尿の悩み」は、年齢を重ねていく上で避けては通れない。高齢者世帯の占める割合は全世帯の25%を超える。もはや国民的な課題と言ってもいい。
2016年「国民生活基礎調査」の「性・年齢階級別にみた症状別自覚症状のある者(有訴者)率(人口千対)の順位」によると、男性の場合、頻尿は65歳以上で2位、75歳以上で3位に入る。
「性・症状別にみた通院者率」では、男性の「1000人に24.5人」が前立腺肥大症で通院しているとされる。「尿が出にくい・排尿時に痛い」「尿が出る回数が多い」といった自覚症状を訴える割合はいずれも男性が女性を上回る。
女性の自覚症状では「腰痛」「肩こり」「手足の関節が痛い・動きが悪い」などが目立っており、トップスリーに排尿のトラブルは挙げられていない。一見すると、排尿障害は「男性に多い」とも受け取れる。
排尿障害関連の自覚症状の項目で、女性が男性を大きく上回っているのが「尿失禁」だ。
男性が「1000人に8.3人」の割合であるのに対して、女性は「16.1人」。前回調査(2013年)、前々回調査(2010年)ともに同様の傾向。尿漏れは女性に起こりやすいことがうかがえる。
下がって飛び出す「女性だけ」の疾患
尿失禁は「自分の意思とは関係なく尿が漏れてしまうこと」と定義されている(日本泌尿器科学会)。
重いものを持ち上げたときや、せきやくしゃみをした拍子に起こる「腹圧性尿失禁」、急激な尿意におそわれ我慢できなくなって漏れてしまう「切迫性尿失禁」などがある。
女性の腹圧性尿失禁の主な原因として考えられているのが「骨盤底の筋肉の緩み」だ。膀胱や直腸、子宮などを支えている筋肉を総称して「骨盤底筋群」と呼ぶ。出産や加齢などによって骨盤底の筋肉に緩みが生じたり、靭帯がダメージを受けたりして支える力が弱くなると、しだいに臓器が「下がって」くる。下がった臓器が膀胱を圧迫。骨盤底筋が尿道を締める力も弱くなっているため、漏れてしまうというわけだ。
軽い尿失禁の場合は保存療法として、骨盤底筋を強くするためのトレーニングに取り組むことで改善できることがある。肥満との関連も指摘されており、減量が有効な場合もある。
骨盤底筋の緩みによる臓器の下垂は、尿失禁とともにもう一つ「女性だけ」の深刻な疾患を合併させることがある。骨盤底内にある臓器が膣から出てきてしまう「骨盤臓器脱」だ。最も頻度が高いのは膀胱が脱出してしまう「膀胱瘤(りゅう)」で、「子宮脱」「直腸瘤」などの種類がある。
まさに「何かが下がってきている」といった違和感や、排尿・排便困難、尿失禁など、生活の質を低下させるさまざまな症状が現れる。排尿や排便のために、自分で飛び出ている臓器を押し込まなければならないケースもある。
就寝中は一般的に「脱」が起こらないとされる。起床後、立ったり歩いたりといった活動で、1日の終わりにかけて症状が強くなっていく傾向がある。入浴中に「ピンポン球のようなものが触れた」と気づく人もいるという。
世界の標準は低侵襲の手術
日本ではこうした悩みをもつ女性たちが、なかなか受診に至らないことが長らく課題とされてきた。
骨盤臓器脱の治療が早くから進んでいる欧米には「出産を経験した女性の3〜4割が骨盤臓器脱」という報告もある。日本でも潜在的な患者が相当数いると思われるが、大規模な調査などは行われていないため現状を正確に把握することは難しい。
手術療法をはじめ、治療の選択肢はニーズに応じてさまざまだ。例えばフランスで開発された「TVM(Tension-free VaginalMesh)手術」は膣を小さく切開し、ヘルニア手術などに用いられるメッシュを挿入。骨盤底筋を補強することで、臓器が下がらないように「支える」技術だ。
従来の手術の主流は子宮を摘出して膣を縫い縮める方法だった。TVM手術は低侵襲で機能の温存が期待でき、再発率が低いという利点がある。日本でも2000年代の半ば以降、徐々にTVM手術が普及した。
海外で活発なのはメッシュを仙骨に固定して吊り上げる「LSC(Laparoscopic Sacral Colpopexy:腹腔鏡下仙骨腟固定術)」。古くから開腹手術として実施されてきたが、近年、腹腔鏡へと移行。より低侵襲で術後の回復も早く、患者満足度も高いとされる。日本では2014年に保険適用となった。
ウロギネを専門とする医師は「受診しやすい環境づくりと予防も含めた啓発が重要」と強調する。
昨年、日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳と過去最高を更新。2017年に生まれた女性のうち5割以上が90歳まで生きるとも予測されている。
「長い人生にさまざまな形で寄り添える医療」の必要性が高まっていくだろう。ウロギネのような「診療科の境界線」により目を向けることが求められる。