100年先の医療に近づくための努力を
日本の「整形外科学教室」の歴史は1906年、ここ東京大学(当時は東京帝国大学医科大学)で始まった。「整形外科(ドイツ語:Orthopädie)」という言葉は、国の命でドイツ・オーストリアの外科的矯正術を学んだ初代教授・田代義徳医師が名付けたものだ。「次の100年」へと向かう中、7代目・田中栄教授の思いは。
―歴史ある教室をどのような思いで受け継いでいるのでしょうか。
現在、われわれが取り組んでいる治療や研究は、100年前には想像すらできなかったものでしょう。
逆に遠い未来から現在を見れば、今の医療はまだまだ未熟なものかもしれませんが、現時点で最も優れた医療を提供することが私たちの大きな役割。目標を高く設定し、何ができるのかを考えていくことが私たちのモチベーションになっていると思います。
開講当時はポリオ(急性灰白髄炎)や脊椎カリエス、先天性股関節脱臼などが多くを占め、患者の年齢は小児から10代までがほとんどだったようです。記録されている写真を見ると、大半が子どもたちを診療している様子が写っています。
時代を反映して、今や手術の対象となる方は平均して70代、高齢者が中心です。変形性膝関節症や腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症といった疾患の治療が増加しました。高年齢化に伴い、手術の低侵襲化も進みました。
―整形外科医に求められる役割は。
「膝が痛い」という訴えであっても、膝だけを診ていては、本当の原因を突き止められないことがあります。脊椎、関節、小児、スポーツなど専門領域の細分化が進みましたが、土台として「運動器全体」を診るための知識と経験は欠かせないのです。
特に、医師不足に悩む地域の医療機関では、「自分の専門分野しか診ることができない」と言うわけにはいかない。多様なケースに対応できる医師が必要です。
当講座の特徴は、都内を中心とした数多くの連携病院と構築している「ローテーションシステム」によって、「幅広く」そして「深く」整形外科を学べることにあります。
連携病院には、それぞれが得意とする領域があります。多くの病院をローテーションしていく中で実力を養うことができ、これから自分が進みたいと思う専門分野を絞り込んでいくことができます。
最先端の知見、技術を習得するために国内外の大学や医療機関への留学も積極的に取り組んでいます。
―近年の主な取り組みは。
当学工学部と協働して新たな技術の開発にも意欲的に取り組んでいます。例えば高齢化を背景に、人工関節置換術の件数は増加傾向にあります。手術の技術も人工関節の質も着実に向上しているのですが、従来の素材では耐久性などの問題が指摘されています。そこで、人工関節の寿命を延ばすために表面をコーティングする物質を開発。臨床の現場で活用しています。
当学では腫瘍に関するゲノム医療プロジェクトにも積極的です。当科は、骨肉腫やユーイング肉腫などの悪性骨腫瘍、悪性線維性組織球腫などの悪性軟部腫瘍を診療しています。
私自身が興味を持っていることの一つは、AI(人工知能)の導入です。診断や治療方法のさらなる最適化につながり、イノベーションを起こすことは間違いないでしょう。
私たち整形外科医にとって、検査画像を的確に分析できる能力はとても重要です。それは経験を重ねていくことで養われていく力ですから、やはり経験が豊富な医師とそうでない医師とでは、まったく同じ診断というわけにはいきません。そうした経験の差を、AIが支援することで「能力の標準化」が実現できるかもしれません。
100年後の医療に近づきたいー。そんな思いを常に持ち続けています。
東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚運動機能医学講座整形外科学教室
東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-3815-5411(代表)
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