トライ&エラーの時期はもう過ぎた 腹腔鏡下肝切除手術
長崎大学移植・消化器外科学講座の江口晋教授は「腹腔鏡手術が新しい技術だった時期は過ぎた」と語る。11月21日(水)には、当番世話人として、「第12回肝臓内視鏡外科研究会」を都内で開催。「大肝切除術」をテーマに掲げた理由や腹腔鏡手術の今を、日髙匡章助教とともに語る。
―第12回肝臓内視鏡外科研究会の内容を。
江口晋教授(以下敬称略) 肝臓の腹腔鏡手術について、各病院の症例を紹介する場です。腹腔鏡手術では腹部に5㎜から12㎜の創を置き、ポートからカメラや器具を入れて、切除や縫合などの手技を行います。術後の傷は小さな創だけで済む、回復が非常に早い手術です。ただ肝切除は切除標本を取り出すための創も必要です。
そのほか、気腹圧(二酸化炭素が加わった腹圧)で出血量軽減などのメリットもあり、正しい知識があれば開腹手術よりも安全に肝臓を切除できます。
群馬大学病院で腹腔鏡を使った肝臓切除手術による死亡事故が明らかになった2014年から、本研究会は正しい治療法を広め、理解を得る努力を続けてきました。手術患者の事前登録制、保険適応の拡大、認定施設の質の担保など、腹腔鏡手術を取り巻く環境は以前より堅固であり肯定的だと感じています。事故は決して忘れてはなりませんが、腹腔鏡手術には広めるべき長所があり、消化器外科医はそれを考え、伝える使命があるのです。
日髙匡章助教(以下敬称略) 2016年には大肝切除も保険適用となり、一般診療として急速に普及しつつあります。そこで今回の研究会では、まだ症例の少ない大肝切除の報告に時間を割く予定です。また、肝切除の方法、再肝切除における腹腔鏡肝切除の注意点、術前のシミュレーションやトラブルシューティングなどを紹介してもらいます。通常の学会のような論文の発表会ではなく、来場した方にすぐに現場で使ってもらえるような情報を交換してもらうのが狙いです。
―昨今の腹腔鏡手術の進歩をどうお考えですか。
江口 技術変革のスピードは目覚ましいものがあります。長崎大学では手術中に専用の「3Dスコープ専用眼鏡」をかけています。立体感が再現され、目視しているような感覚で執刀できます。
さらにCTやエコーと連動して、より確実に患部を切除することが可能になってきています。課題は、施設によって設備や症例数の違いが大きいこと。全国どの病院でも同じ治療ができるようにレベルをそろえる必要があります。
腹腔鏡手術はもう新しい手術方法ではありません。トライ&エラーを繰り返す時期はすでに過ぎたので、今後は術後数年が経った患者の健康状態やがんの再発などについても話し合うべきです。
日髙 腹腔鏡手術が今後の肝臓切除術の主流になったとしても、万が一のトラブルの際には開腹手術が必要でしょう。腹腔鏡手術の手技が進歩しても、従来の開腹手術の教育は必要だと考えています。長崎大学では肝移植や大きな肝胆膵手術も多数行っており、開腹手術の経験を積むことができます。外科へ進んだ修練医は両方の経験をしておくべきです。
―研究会に来る医師たちに期待することは。
江口 肝臓を切除する際は腹腔鏡手術が最良の選択である、とは思っていません。それぞれの患者に合った、ベストな方法を検討し提案する。その一助に、今回の研究会がなればと思います。来年の5月には世界の医師を集めた肝臓内視鏡学会が東京で開催されます。この研究会が、日本の質の高い治療を世界に発信するための試金石になることを願っています。
日髙 多くの腹腔鏡手術症例を議論してもらい、腹腔鏡手術のノウハウを持ち帰ってほしい。ゆくゆくは研究会で腹腔鏡下での肝切除のガイドラインを作成し、腹腔鏡手術に対する安全なイメージを広めていってほしいと思います。
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科移植・消化器外科学講座
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