iPS細胞由来の角膜組織 臨床研究で再生医療の確立へ
2016年、世界で初めてiPS細胞(人工多能性幹細胞)を活用した「機能的な角膜組織の作製」に成功した大阪大学大学院眼科学教室。西田幸二主任教授は新たな角膜再生治療法の開発を目指し、「実用化を待ち望んでいる患者さんのために、今年度中に臨床研究を開始したい」と語る。
―角膜疾患の治療に関する現状は。
眼球の組織は主に、前方部にある角膜や水晶体、後方部にある網膜や視神経で構成されています。
角膜、水晶体はカメラで例えるとレンズの役割を果たします。角膜から光が入るとそれが網膜に映し出され、神経に伝達されます。
伝達された光は、その奥にある視細胞によって電気信号に変換されて脳に届き、脳は「像」として認識します。つまり、眼球の各組織がすべて機能することで、初めて人は物を見ることができるのです。
眼球の最も外側にある角膜は、0.5mm程度の薄い組織です。角膜上皮、角膜実質、角膜内皮など、大きく五つの層で成り立っています。角膜の疾患は、それぞれの層で異なるのが一つの特徴です。
例えば、角膜上皮では指定難病であるスティーブンス・ジョンソン症候群、角膜実質では角膜変性症、角膜内皮では水疱性角膜症などが挙げられます。
重篤な疾患やけがによって失明の危険がある難治性の角膜疾患の治療は、ドナー角膜の移植が中心です。
各都道府県には「アイバンク」が設置されており、献眼者は年間で約880人。これに対して、角膜の提供を待っている登録者はおよそ1800人です。ドナーが圧倒的に不足しているのが現状です。
しかも生着が難しく、移植手術を受けたとしても20%〜30%に拒絶反応が起こってしまう問題を抱えています。
―研究内容について教えてください。
角膜移植の問題解決に向けて、幹細胞で作製した角膜組織による新たな「角膜再生治療法」の開発に取り組んでいます。
当教室の研究グループは、iPS細胞の自律的な分化を促すための手法として、新たな「2次元培養系」を開発しました。
この手法を用いることで、ヒトiPS細胞から角膜、網膜、水晶体、中枢神経など、眼球の主要な構成要素のもとになる4層の帯状構造をもつ「2次元組織体(SEAМ)」を誘導することができます。
それまで網膜など眼球の後方部のみを誘導する技術は報告されていましたが、「前方部と後方部の両方」を同時に誘導できる技術はありませんでした。
2016年に世界で初めて「眼球全体の発生を再現させる細胞組織」の作製に成功したことを「ネイチャー」で発表しました。
SEAМの1層目には神経、2層目には網膜、3層目には角膜と水晶体、4層目には眼瞼(けん)の皮膚の細胞が発現します。
3層目の細胞を取り出し「機能的な角膜上皮組織の作製」に成功しました。また、動物への移植により、角膜上皮組織の治療効果も確認しました。
―臨床研究の見通しはいかがでしょうか。
ヒトiPS細胞に由来するシート状に加工した角膜上皮細胞を患者さんに移植し、その有効性や安全性を検証していきます。当学の認定再生医療等委員会と厚生労働省での審議を経て、今年度中の承認を目指しています。
6年〜7年後には、細胞シートを用いた移植法の実用化が見込めると考えています。
目指すゴールまでの道のりは、マラソンなら、ちょうど折り返し地点と言えるのではないでしょうか。結果を出して、移植を心待ちにしている方々の期待に応えたいですね。
大阪大学大学院医学系研究科 脳神経感覚器外科学 眼科学教室
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