医療難民を救う退院支援とアウトリーチを強化
福島生協病院は、1955年に福島診療所として開設。創立以来60余年、"無差別平等の医療"を信条としている。今年度就任した北口浩病院長に、これから目標とする病院づくりについて話を聞いた。
―病院長が感じる病院の特徴や強みを教えてください。
"面倒見の良い病院"であることですね。それを支えているのは、開業当時から設置している「医療相談室」です。被ばく問題に対応するため1960年代に誕生し、行政や地域と協力して患者さんを支えるノウハウを蓄積してきました。
今は、退院後の生活に不安を覚える、貧困や孤立に直面した患者さんの相談が多く寄せられます。メディカルソーシャルワーカーがとても頑張ってくれていて、患者さんやご家族が安心できる退院先を見つけてくれます。退院後のバックアップが整っているので、医師たちも心強いようです。
2015年に新病院に移転し、障害者病棟を回復期リハビリテーション病棟に、急性期病棟を地域包括ケア病棟に再編しました。一般病床に加え、回復期リハと地域包括ケアの二つの病床を有しているのは珍しいのではないでしょうか。
地域包括ケア病床は、急性期治療が終わった後、すぐに退院するのが不安な患者さんに退院に向けた支援をする病棟。院内からの受け入れのほか在宅などにいる患者さんの緊急時の受け入れもあり、それが1割を超えています。回復期リハ病床は、主に外部からの転院が多いですね。
在宅診療にも力を入れています。専門の在宅診療部を置き、現在、自宅などで暮らす患者さん約100人を5人の医師でカバーしています。
当院では、まだ診療報酬の点数が付かなかった1980年代に訪問看護を始めました。当時は「手弁当」だったので苦しい面もありましたが、地域から求められたので、それに応えた。近年、国の政策も退院支援や在宅医療に重点を置くようになりました。当院は先駆けてやっていたという自負があります。
われわれの病院は、マンパワーが足りないため超急性期に十分に応える病院を目指すのは非常に困難です。しかし、在宅と急性期・救急の間で、医療の隙間からこぼれ落ちてしまう「医療難民」を救うことはできる。そこが強みです。
―ますますその強みをブラッシュアップすると。
そうですね。さらにこれからは、アウトリーチにも積極的に取り組みたいと考えています。
病院周辺の地域の高齢化率は、広島市の平均を少し上回っています。さらに独居率も高く、一人暮らしの人が、認知症の症状が進行した状態で来院されるケースが増加しています。さらには、亡くなって発見されることもある。認知症になると、病院に行こうという判断さえもできない場合があるのです。
そのような状況を改善するため、2017年、広島市の委託を受けた同市西区医師会が「認知症初期集中支援チーム」を発足しました。当院のスタッフも参加しています。
同チームは、認知症をサポートする医療・看護の専門職で構成され、認知症の患者さんやその疑いがある人、ご家族を訪問し、適切な医療やサービスにつなげる初期支援を行います。
また同医師会では、「西区在宅あんしんシステム」を構築しました。当院を含めた西区内の病院で在宅患者さんの情報を共有するなど、横のつながりを深めています。
当院としても、地域包括支援センターなどと連携し、少しでも異変や病気の兆候があれば地域の方の自宅を訪問するというような体制を取りたいですね。「駆け込み寺となる病院」から、「出向いていく病院」へ。できれば、他の医療機関も巻き込んで、地域全体に広げていけたらと構想しています。
広島中央保健生活協同組合福島生協病院
広島市西区福島町1-24-7
TEL:082-292-3171(代表)
http://www.hch.coop/fukushima/