「協働」で患者に寄り添う
南海トラフ地震では最大震度7、津波到達までの最短時間は30分、最大津波浸水深が8mと予想される三重県伊勢市。「一人でも多くの命を助けるために、あらゆる備えをすることがわれわれの責務」だと説田守道・救命救急センター長は語る。
◎救急車の受け入れ数は全国284病院中17位
三重県の松阪市以南からの3次救急患者の受け入れが当センターの主な役割です。脳卒中、心筋梗塞、多発外傷の患者が中心となります。
ただ、それだけではありません。人口10万人に対する病院数が全国平均6.56のところ、当院がある南勢志摩医療圏は4.19。決して充足していると言えない事情から、多くの2次救急患者の受け入れも当院が担っています。
救急車で搬送されてくる患者を1階の救命救急外来で受け入れ、病態や重症度に応じて、上層階で適切かつ高度な医療を提供する仕組みとなっています。
2階に30床の救急専用病床があり、そのうち6床は重症個室となっています。手術室やカテーテル室、特定集中治療室(ICU/CCU)8床、高度治療室(HCU)8床も救命救急センターと同じフロアの2階にあり、手術や処置の後、スムーズに移動できるようにしています。
救急車の受け入れ数は年々増加傾向にあり、2016年度は9250人でした。そのうち入院を要する重症患者数は2013人で、厚生労働省が発表した全国救命救急センターの評価結果によると、どちらも全国に284カ所ある救命救急センターの中でも上位に位置しています。
私が伊勢赤十字病院に来て20年以上経ちますが、2003年ごろからいわゆる「コンビニ受診」が多くなってきました。
その背景には、救急車を利用すれば早く診てもらえる、あるいは風邪など軽症の場合も救命救急センターを受診することで、薬が保険適用で安く早く手に入るといった情報が広まり、それをうのみにする患者が後を絶たない状況がありました。その後、救急を要しない場合には保険外併用療養費を徴収するようになり、その風潮は抑制されています。
しかし、最近では高齢の方で発熱したら救急車を要請する人が増加しており、これには高齢者のみの世帯数の増加が影響していると考えられます。
現在、救急専用病床の半数以上を高齢者が占めています。満床状態が続くと3次救急病院としての機能を十分に果たすことができなくなるおそれもあります。将来的には行政や地域の開業医などと連携し、人的資源と場所の確保ができればこのような高齢者に対応する病床群を設置できないかと考えています。
◎ドクターヘリの隣県との協力体制
2012年1月に現在の病院に移転し、同年2月には「三重県ドクターヘリ基地病院」として運用が開始されました。
三重県の地形は南北に約180kmと長いのが特徴です。当院から県の最南部にある東紀州医療圏や最北部の北勢医療圏まで行くのに約25分かかります。119番の電話でできる限りの情報を集め、ヘリの要請基準に当てはまる重症度と判断される場合には、当院もしくは同じくドクターヘリ基地病院の三重大学医学部附属病院から、要請から5分以内にヘリが出動します。
出動件数は年間約450件。出動範囲は三重県に限らず「紀伊半島三県災害等相互応援に関する協定」を結んでいる奈良県や和歌山県にも要請があれば出動します。隣接する愛知県は、交通事故の死亡者数が昨年1年間で200人と15年連続で全国最多を記録しています。同県とは協定は結んでいませんが、交通事故による多発外傷などで応援要請があれば出動するといった協力体制が根付いています。
また、県の消防防災ヘリとの協働により、救助事案にも対応しています。山間部で事故が発生した場合は防災ヘリが傷病者を引き上げ、ドクターヘリが引き継いで応急処置を行った後に病院へ搬送します。
いずれの場合も必ずしもすべての患者を当院に搬送するわけではなく、傷病者の容態や駆けつける家族のことを考えて、受け入れ可能な場合には近隣の医療施設に運ぶようにしています。
◎南海トラフ地震で予想される甚大な津波被害
いつ起きてもおかしくないとされる「南海トラフ地震」。伊勢市は最大震度7、地震発生から30分後には津波第一波の到達、病院近辺における浸水深は2mと予想されています。昨年10月の台風21号による豪雨では、排水ポンプの能力を超える雨が降り、伊勢市のかなりの範囲が浸水被害を受けました。当院は津波などの浸水災害を想定し、前面道路よりも1.2m高い場所に建てられているため直接被害を免れましたが、多くの道路が水没したため救急車が病院まで到達できないなどの問題が発生しました。
南海トラフ地震が発生した時も津波によって同じような状況になることが予想されます。
◎地域災害拠点病院として災害に備える
伊勢赤十字病院では、南海トラフ地震をはじめとする大規模災害時にも病院機能を確保すべく、ライフラインの崩壊を想定した災害対策をしています。
燃料は3日分に相当する重油を7万5000ℓタンク2基に常備。発電装置は特別高圧電気と非常用発電機2機および無停電電源装置を備えています。
水源は井戸水と公営水道の二重で備えるなどしており、これだけの燃料や発電量があれば平時の3日分はあります。
しかし津波などで浸水すれば、水が引くのに1週間、救援物資が届くのに5日かかるという試算があります。そこで災害時は節約して5日間持たせるようにすることが今後の課題です。2日分増やすには空調や電気、水の使用量を平常時から3割以上削減しなければなりません。どこをいかに削減するか綿密な調整と計画が必要です。
また、昨年の水害を教訓に、救急車が進入できない場所にも対応するためにゴムボートの配備も検討しています。
◎協働して
当院には国および県の要請で動くDMATが3チーム、日本赤十字社の指揮で動く医療救護班が8チームあります。
以前はバラバラで活動していましたが、DMATが被災地で72時間の活動を終えて撤退し、他のチームが到着するまでに医療スタッフの人手が薄くなる「ギャップ」を埋めるためには、指揮系統の異なるチームが「協働」する必要があります。
三重県を含む日本赤十字社第3ブロックでは、大規模災害を想定した合同訓練を年に1度実施しています。発災直後の応急救護所における避難者の体調管理や、避難者の悩みを聞き、最低限必要な薬を処方するといった実地的な訓練を行い、災害時の医療者の動きを体得します。
1995年に発生した阪神・淡路大震災では、被災地の一部の病院に患者が殺到し、家屋の倒壊に巻き込まれるなどした重傷者に十分に対応できませんでした。この時、通常の医療を施せば助かったであろう「防ぎ得た災害死」の数は死者6435人のうち約1割の500人に及ぶと推測されています。このような経験を踏まえて災害医療体制が整いつつあります。
災害時に一人でも多くの命を助けるために第一線で医療活動を展開するDMATやその他の機関と協働しながら、赤十字社の博愛精神で傷病者に寄り添う医療をこれからも提供していきます。
伊勢赤十字病院 救命救急センター
三重県伊勢市船江1-471-2
TEL:0596-28-2171(代表)
http://www.ise.jrc.or.jp/