高齢社会を支える整形外科医療
1957年に開設し、働く人々の健康を支えることを目的に運営を進めてきた長崎労災病院。近年は県北医療圏の急性期を担う中核病院として地域医療にも注力する。小西宏昭副院長は整形外科医として地域と向き合い続ける。
◎年間約2600例の手術実績
長崎県北部の北松浦半島一帯にあった北松炭田の労災に備えるための病院として開設されました。特に外傷や骨折などに数多く対応してきた整形外科は当院の核となる診療科です。
現在は整形外科医が15人おり、整形外科の手術症例も年間約2600例あります。手術の内容は骨軟部外傷、関節疾患、股関節疾患、脊椎外傷、スポーツ障害、手の外科など多岐にわたります。
なかでも脊椎に関しては力を入れており、脊椎外科の専門医は6人います。手術症例も年間900例ほどにのぼります。脊椎外科は患者さんが長崎県全体、特に北部を中心にした地域から来院するほか佐賀県、熊本県、福岡県から受診される患者さんもいます。
脊椎外科では、変性疾患、頸椎、腰椎の加齢に伴う疾患が増加しています。これらは痛み、まひといった神経症状を伴うことが多く、痛みによって仕事や日常生活が営めなくなることもあります。
この地域でも高齢者の独居が増えています。身の回りのことができないと生活ができなくなりますので、痛みやまひを改善したいと手術を希望される患者さんが多くなっています。
また、外傷については脊髄損傷、胸椎(きょうつい)損傷といった症例を中心に手術をします。当院にはヘリポートがありますので、離島やへき地などからドクターヘリで搬送されるケースも少なくありません。
◎高齢者の手術増術前の準備を大切に
「働き続けたい」「旅行したい」「スポーツを楽しみたい」といったさまざまな生きがいを持って積極的に活動する高齢者が増えています。
このため、整形外科的な疾患が起こっても、活動を制限されずに、QOLを保ちたいと希望する患者さんが多くなっています。これに伴って高齢者に対する手術が増えているのが近年の傾向です。
当院でも、60代、70代はもちろん80代の方の手術も珍しいことではなくなっています。
高齢者の場合は、整形外科疾患以外に糖尿病、循環器疾患など内科的な病気がある患者さんも少なくありません。これによって、手術後に合併症などが起こるリスクも増すので、手術にはより配慮が必要です。
当院では整形外科疾患以外にも複数の病気がある患者さんの場合には、術後はICUで診るようにします。麻酔科専門医が6人いますので、きめ細かな対応が可能です。
術式も、より低侵襲な内視鏡や顕微鏡手術が中心です。
これまで整形外科手術は、大きく切開して手術をするのが一般的でしたが、体に負担の少ない低侵襲な手術が求められており、皮膚の一部を切って出血を減らす経皮的手術も実施しています。
緊急以外で手術を要する患者さんのうち骨粗しょう症がある患者さんは薬物療法を中心に治療をして骨密度を高めるなど骨の改善をした上で手術に臨みます。金属によって骨を固定する手術などの場合、骨密度が低いままでは金属による固定が不十分になりかねません。それはまるで豆腐にねじを固定するようなものなのです。
3年前には入院支援室をつくり、スタッフが患者さんの手術や入院に対する不安を解消し、手術へ向けた全身管理もしています。高齢者のみならず、手術にはさまざまなリスクもありますし、術後にはリハビリも始まります。
このため、入院支援室のスタッフは、患者さんと術前からしっかりと対話をして手術や治療について理解してもらうよう努めます。患者さん自身が「治療に参加している」という意識を持つことは治療の質を高めることにもつながります。
われわれが特に重視しているのが「口腔ケア」です。患者さんには術後の感染症を防ぐためにも口腔ケアの重要性を説明して、術前に虫歯や歯槽膿漏の治療をするように指導します。もし、歯科のかかりつけ医をもっていない場合は当院から地域の歯科医を紹介しています。
◎一人の患者さんの全身を長期にわたり診る
運動器の病気の治療をしていると、糖尿病など別の疾患が見つかることも少なくありません。そして、糖尿病があったりコレステロール値が高かったりすると、深部静脈血栓症(DVT)のリスクも高まります。
加えて、運動器の病気は「痛いから動かない」「動かないから筋肉を使わない」「筋肉を使わないから筋肉量や骨密度が落ちて症状が悪化する」という悪循環が生じかねません。
手術をして痛みを取り除いてもそれは一時的なもの。運動器の病気をきっかけに、患者さんが生活を見直し、筋力を高めるための散歩や水泳を勧めるような提案もします。ほかのところに病気が起こらないように、患者さんの全身を診ていく必要もあります。
また、手術をしてもしばらくするとまた痛みが出始めたという患者さんもいます。時には「病院で先生に診てもらっている時は痛くないけれど、家に戻ると痛む」と訴える患者さんもいます。機能的には治っているのですが、痛みは情緒的な側面もあります。手術後も患者さんの心を支えるために寄り添っていくことが重要です。
運動器疾患の場合、患者さんは実際に「痛み」がない限りは病院にわざわざ行くことはありません。つまり、運動器疾患は症状が悪化してからしか治療が始められない。
しかし骨粗しょう症などは予防で悪化を防ぐことができます。行政も巻き込んで検診をする必要もあるでしょう。
高齢社会にあってわれわれ整形外科医の役割は広がっています。患者さんが幸せな人生を送ることができるようこれからも力を尽くします。
独立行政法人 労働者健康安全機構 長崎労災病院
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