住民の健康と心を支え100周年へ
キリスト教の伝道者であるウィリアム・メレル・ヴォーリズが近江八幡市で開設したヴォーリズ記念病院は今年5月で100周年を迎える。隣人愛と奉仕の業(わざ)を医療を通して実践しながら地域の健康を支える。
―病院が設立された背景やヴォーリズの思いについて。
1905年にキリスト教の伝道を目的にアメリカから近江八幡市にやって来たウィリアム・メレル・ヴォーリズ。きっかけは滋賀県立商業高校(現:滋賀県立八幡商業高校)で英語教師を募集していたことのようですが、見ず知らずの国に単身訪れたその勇気に驚かされます。
「先生」と呼ばれるのがあまり好きではなかったようで、われわれは「ヴォーリズさん」と親しみを込めて呼びます。
英語教師を辞めた後、キリスト教伝道の傍ら、生活の糧を得るため1910年に建築設計会社を設立。全国各地で西洋建築を設計、ヴォーリズ建築として知られ現存する建築物も多くあります。
1918年には近江基督教慈善教化財団(現:公益財団法人近江兄弟社)を設立。同年に結核療養所「近江療養院」を開院しました。
この年のわが国の結核による死亡率は、人口10万人当たり257人と過去最高でした。この数字は、2015年のがんの死亡率とほぼ同じ。どれだけ多くの人が結核で命を落としていたのかがよくわかるでしょう。
当時、結核には特効薬がなく、若い人も含めて多数亡くなりました。感染を理由に家族に見放され、生活する場さえ失ってしまう人も多かったといいます。
ヴォーリズ自身は医師ではありませんが、彼らのために祈りを捧げ「他の誰もそれをしないが、必要性は大きい」と、自著に療養所設立への思いを書き残していました。
同著には併せて「伝道が困難な社会においては、それを打破するのに医業が果たす力は強い。社会の中で無視され、さげすまれ、恐れられた患者を癒やすことほど、キリスト教精神を示す、すばらしい活動はない」とも記しています。
―病院の特徴は。
当初35床の結核療養所でしたが、結核の撲滅と共に、当院の役割は大きく変化。2000年に結核病床も廃止し、現在は在宅療養支援病院として地域包括ケアの推進に特に力を入れています。
その一環として、病院機能以外に、訪問看護ステーション、老健施設、ホームヘルパーステーション、居宅介護支援事業所などの事業にも取り組んでいます。
2017年5月には、看護小規模多機能型居宅介護「友愛の家ヴォーリズ」を新設。今年1月には在宅療養支援部も創設し、在宅医療の強化を図っています。
病院については、現在は一般病床50床、療養病床102床、緩和ケア病床16床で運営。一般病床のうち16床は地域包括ケア病床、療養病床のうち42床は回復期リハビリテーション病床です。
訪問診療もしており、私も患者さんの家に出向きます。現在は、4人の医師で月40回程度の訪問活動をしています。
住民が住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるように、予防から終末期までを幅広く支えたいと考えています。
―患者を支えるための活動などは。
当法人は病院周辺一帯を「ヴォーリズ医療・保健・福祉の里」として整備しています。病院を核に、ヴォーリズ老健センター(介護老人保健施設)、ケアハウス信愛館(軽費老人ホーム)などの施設があります。
敷地内には「礼拝堂」もあります。ここにはチャプレンと呼ばれる牧師が常駐で勤務。病院に牧師が常駐しているのは珍しいことではないでしょうか。
チャプレンは、毎月初めに始業礼拝を開きます。礼拝では職員がヴォーリズが作った賛美歌を歌ったり、チャプレンの講話を聞いたり、祈りを捧げたりします。入社式や昇任式もその時に併せて開き、チャプレンが式を執り行います。
職員はチャプレンとの関わりの中で、自然に隣人愛、奉仕、平和といったことが身に付いていると思います。
患者さんとチャプレンの交流もあります。特にホスピスには深く関わっており、家族も含めて話をする機会が多くあります。時には一般病棟で、患者さんの話し相手になっています。
ホスピスの患者さんが亡くなった際には、お別れ会を開きます。チャプレンは進行役として、患者さんの思い出などを家族と語り合い、ご家族や職員で亡くなった患者さんを送り出します。
チャプレンは、病気とどのように向き合っていくのかを患者さんの立場となって共に考えます。
ヴォーリズが結核患者を支えたいと考えた100年前と同じように、患者さんの心をどう支えていくのか、という課題の難しさは今も変わりません。しかし、当院の伝統である「祈りを大切にすること」「祈る気持ちを大事にすること」は大切な行動です。
患者さんの心や身体の痛みを癒やす「メンタルケア」や、特に終末期の方が感じるといわれる死の不安や恐怖による魂の痛みを癒やす「スピリチュアルケア」につながると信じています。
通勤のため当院まで毎朝4km程度を歩いています。途中でヴォーリズの眠る納骨堂で祈って、ここまでたどり着きます。
すると「今日もここまで歩けた」という感謝の気持ちがだんだんと湧いてくるようになりました。それと同時に心の平安も得られるような気がしています。
―滋賀医科大学では、家庭医療学講座の初代教授。今後、総合診療医に期待するものは。
最近のことですが、脳神経外科医として活躍された50代の医師たちが、相次いで「ここで働きたい」と希望し、当院に勤務してくれるようになりました。
彼らは「慢性期や終末期の患者さんに寄り添いたいという気持ちに目覚めた」と言い、訪問診療も含めて幅広く担当してくれています。
この春にできる「総合診療専門医」は、患者さんを総合的に診ることができる家庭医の養成を目指しているようです。
若い医師たちが、どれだけ「総合診療専門医」に興味を持ってくれているのかはよくわかりませんし、個人的には総合的に診る医師を目指したいと考えるのは、ある程度年齢を経た方だという気もしています。
しかし、総合診療専門医が制度の中にあることは重要だと考えます。「将来的には『総合診療専門医』を目指したい」と考えるきっかけになるかもしれないからです。
患者さんのケアをするために大事なことは何でしょう。私は、患者さんの話を「傾聴する力」「共感する力」ではないかと思います。
そして、そのような力を備えるためには、ある程度、年を経ることも必要かもしれないと考えています。メンタルケアとスピリチュアルケアを大切にした当院の考え方を引き継ぎながら、これからも地域を支えていきたいと思います。
公益財団法人 近江兄弟社ヴォーリズ記念病院
滋賀県近江八幡市北之庄町492
TEL:0748-32-5211(代表)
http://www.vories.or.jp/