次代を支える麻酔科医を育てたい
1971年に麻酔科学教室が設立されて約50年。4代目の川股知之教授は、麻酔科医療の魅力を「多様性」だと語る。この分野への思いは尽きない。
-病院の特徴を。
本学は、1804年に世界で初めて全身麻酔による外科手術を手掛けた紀州藩の医学者・華岡青洲の医療理念を受け継ぐ大学です。校章は、青洲が麻酔薬として使った「曼陀羅華(まんだらげ・別名チョウセンアサガオ)」の花をモチーフにしています。そのような、麻酔科医療に縁の深い大学で麻酔科医の教育に携われることには大変感慨深いものがあります。
本学附属病院の手術件数は、昨年1万件に迫り右肩上がりで増加しています。和歌山県内の医療の特徴は、県立病院のような公的な中核病院、小児専門病院やがんセンターといった専門医療機関がなく、本学附属病院があらゆる機能を担い、県内の最後の砦(とりで)となっている点です。
そのため、大学病院にはさまざまな患者、疾患が集まってきます。麻酔科では、新生児の消化器疾患手術・複雑心奇形手術や超高齢者の手術など、定型手術から高度先端医療、外傷手術まで、多様な手術麻酔を経験することができます。麻酔科的には非常に魅力のある大学病院です。
-講座について。
当講座の特徴は手術麻酔のみならず、サブスペシャルティに力を入れていることです。その一つが「緩和ケア」。1999年に国公立大学の中で最も早く緩和ケア病棟を開設して以来、がん患者さんを中心に痛みのケアや全身のコントロールに力を入れています。
畑埜義雄2代目教授は「これからの医療はキュア(治す)だけでなくケア(癒やす)の視点も必要」という趣旨のもとに緩和ケア部門の設立に尽力されました。現代では「キュア」と「ケア」の二つの視点の重要性が浸透していますが、開設当時は新しい視点だったのではないでしょうか。
また、無痛分娩に力を入れているのも当講座の特色です。国公立大学の病院で無痛分娩を取り扱っている施設は少ない。当講座では、年間40〜50例の無痛分娩を手掛け、24時間365日体制で備えています。無痛分娩に対するニーズは、まだそう多くはありません。日本人には「痛みに耐えるのが美徳」という文化があり、加えて「生みの苦しみ」を経て母になるという考え方も根強い。しかし、米国などでは無痛分娩の方が多く、今後は国内でも需要が増えてくると考えています。
麻酔科はその名称からも「手術の時に麻酔をする診療科」というイメージを持たれています。
しかし、実際は、秒単位での判断を求められる超急性期医療の「手術麻酔」、急性期医療である「ICU」と「無痛分娩」、慢性期医療の「ペインクリニック」、慢性期の痛みや全身を管理する「緩和医療」と幅広い分野を手掛ける、多様性に富んだ診療科。幅広い分野を経験できることも魅力の一つです。
手術麻酔を基本にしながら、加えてサブスペシャルティを作って活躍できる人材を養成したいと考えています。
-女性医師の活用については。
麻酔科は関連する学会でも女性の理事を増やすよう働きかけるなど、女性の比率が高い職場ですから、女性医師に活躍してもらうことは講座運営のポイントの一つ。
当科では女性医師が柔軟に働き続けられるよう、女性向けの四つの勤務体系を設けました。通常勤務をするAコース、当直免除のBコース、午後5時以降の勤務を免除するCコース。そして麻酔科専門医を取得をしている医師には、関連病院に週1回程度勤務するDコースもあります。
多様な働き方を選択できる職場であるためには、各人が責任を持って仕事を全うする必要があります。その上で、お互いをリスペクトし合う意識を持って協力し合わなければなりません。
-麻酔科の果たす役割は。
私は、病院や手術室などにおいて麻酔科医は「扇の要」であり「縁の下の力持ち」を果たしていると思います。
手術医療はチーム医療です。麻酔科医は全体を俯瞰(ふかん)し、扇の要として、外科医、看護師、臨床工学技士などからなるチームをまとめ、患者さんが安心して手術を受けられる環境を作らなければなりません。
また、緩和ケアや無痛分娩では、縁の下の力持ち的な役割で、患者さんが十分なケアを受けながら安心してがん治療を続ける、また、痛みを恐れることなく安心して出産できる環境を作ります。
言い換えれば病院の質を高めることが麻酔科の役割と考えています。その一方で、県内の麻酔科専門医の数はまだ十分とは言えません。医学部生や初期研修医に麻酔科医の魅力を伝えながら、人を増やしていきたいと思います。
-麻酔科医の教育に対する考えは。
講座の最終的な目標は優秀な臨床医を育てること。研究も教育のためにあると思っています。
麻酔科医には、周術期をしっかりと支えることができる技術と知識(プラクティス)が必要であることは言うまでもありません。
また、周術期の生体反応は患者それぞれに違います。このため、今、目の前にいる患者に何が起こっているのかを科学的に理解し、理にかなった対応ができる能力。さらに、これまで経験のない生体反応に遭遇した時に、それを科学的に解明するために瞬時に適切に介入できる能力。そういった能力(サイエンス)も大切です。
プラクティスを高めるためには教育と訓練が重要です。サイエンスを高めるためには、研究や論文作成の経験を積み科学的な思考を組み立てる訓練が必要です。
基礎・臨床研究の目的は、新たな知見を得るとともに、患者さんの病態を科学的に解明できる思考能力を習得して臨床能力を高めるためと考えて推進しています。
プラクティスとサイエンスのバランスのとれたプロフェッショナルな次世代の麻酔科医を育てることが教育方針です。
-研究で取り組んでいることは。
私はこれまで、一貫して"痛み"の基礎研究・臨床研究を行ってきました。当講座でも"痛み"に特化して研究を続けています。一つのテーマは、末梢(まっしょう)神経での痛みの感知機構についての研究。科学・医療が進んだ現在でも、どのように末梢神経で痛みを感知しているかのメカニズムはまだまだ解明されていません。
鎮痛薬の「主役」はオピオイドです。これは優れた鎮痛薬ですが中枢神経で作用するため、さまざまな副作用が問題となります。このため、末梢神経で痛みの発生を抑制する薬物が開発されればオピオイドと併用することで副作用が少なく優れた鎮痛効果が期待できます。現在、大学院生が取り組んでいます。
二つ目のテーマは、痛みのモニターです。麻酔の3要素は意識消失、不動化、鎮痛。意識消失と不動化のモニターはありますが、麻酔中の鎮痛・痛みのモニターはありません。麻酔科医は確かな評価法がないまま手探りで手術中の痛み管理をしています。麻酔科領域の克服されていない大きな課題の一つです。
和歌山に異動してからこの問題に取り組み始めました。痛みの感知機構の研究とともに、この分野で何か足跡を残したいですね。
和歌山県立医科大学 麻酔科学教室
和歌山市紀三井寺811-1
TEL:073-447-2300(代表)
http://www.wakayama-masui.jp/