てんかんへの理解はなぜ進まないのか?
ー2013年のてんかんセンターの開設からもうすぐ5年。この間の変化について。
副作用が少ない新たな抗てんかん薬が登場し、治療の安全性が高まったことが一つ。専門でない先生にも使いやすく、てんかん治療に果断に取り組めるようになってきたと思います。
さまざまな診療科の先生に「外科的治療の選択肢がある」という認識が浸透してきたことも大きな変化でしょう。近年は小児、それも0歳での手術例も増えています。
「激しいけいれんを起こすのがてんかん」という印象が根強いと思います。しかし、実は分かりづらい症状も多く、また一度発作を起こしたからといって、それだけですぐさま治療を始めるわけではありません。
20年ほど前にテレビアニメの「光」でたくさんの子どもたちが全身けいれんを起こしたことがあったでしょう。「光過敏性発作」といって、光に反応して発作を起こしたものです。異変を訴えた子どもたちの多くは、光の刺激から遠ざければ、その後発作を起こすことはないと考えられます。
一方で、もともとてんかん素因が強く、たまたま映像による脳への負荷がかかったことによって発作を起こした子どもも含まれているわけです。この子たちは光でなくとも、別の負荷によっても発作をくり返し起こす可能性が高い。違いをしっかりと認識して対応を考える必要があります。
最初の発作が起こった後に脳波を測定し、CTやМRIの検査で脳に明らかな異常が認められた場合は「てんかん治療を開始してもよい」グループ。そうでない人は「急いで治療せずに、しばらく様子を見てはどうか」というグループに入る。
てんかんを発症する患者さんで特に多いのは新生児から乳幼児にかけてと65歳以上。乳幼児はそもそも脳が興奮しやすく発熱してもけいれん発作を起こす。高齢者は加齢で脳の神経が変性したり血管障害を併発したりすることで、発作を起こすことが増えます。
ー社会的な理解は深まっているのでしょうか。
昔に比べると広く存在が認知されるようになったとはいえ、「よく分からない疾患」ととらえられている面があります。また患者さん本人も、できれば知られたくないという気持ちが強い。
あらためて強調しておきたいのは、てんかんのイメージとしては「脳に傷がつき活動のリズムが崩れることで発症する」疾患だということです。画像診断で確認できる傷もあれば、画像上は問題なさそうでも脳波を測定すると異常を示すような、脳の神経回路が生まれつき興奮しやすい状態の場合もある。いずれにしても「脳が原因」なのです
まれに遺伝性のてんかんが見られることもありますが、多くはその人だけの疾患。日本には100万人の患者さんがいると推測され、特別な病気ではない。そんなメッセージを、できるだけ市民に届ける機会をつくっています。
認知症との関連も指摘されています。認知症の患者さんがてんかんを発症する確率は高く、逆にてんかんの発作をくり返す高齢者は認知症になりやすい。相互に影響しており、高齢者の増加でさらに関係性が注目されていくでしょう。
高齢者のてんかんの特徴は「ぼんやり」としているような症状が多いこと。脳波測定時の「てんかん波」がはっきりと確認できないことも少なくありません。認知症だと思われていた方に、てんかんを疑い抗てんかん薬を使用すると症状が改善した例もあります。
ー力を入れている取り組みなどは。
メディカルスタッフにてんかん診療への興味をもってもらうことと、その能力の向上です。
てんかんの診断で最も重要なのは臨床症状、そして脳波の測定です。ただ脳波の判読は簡単ではありません。脳の発達過程にある子どもは成長に伴う脳波の変化が大きく、十代は子どもの成分が残っていて、大人と同じように考えると「てんかんの脳波」に見えてしまうこともあります。
測定時にちょっとしたノイズが入り込むことで異常波と判断される場合もあります。てんかんの発作がない人でも脳波の異常を示すこともあります。そのため、脳波の判読には訓練が必要です。
てんかん専門医も脳波分野を専門とする検査技師も、全国的に数が少ないのが現状。そこで、メディカルスタッフや大学病院以外の病院の医師もまじえた勉強会を、月に2回開いています。
診療経験が増え、看護師や検査技師が研究会で発表したり、看護師が他の医療機関で講演したりする機会もつくれるようになりました。活動を通じて各分野の意識の向上を図っています。
ー外科治療について。
根治を目指すてんかん原性領域の切除、左右の脳をつなぐ「脳梁(のうりょう)」を離断して発作波が脳全体に広がるのを抑える脳梁離断術に加え、新たな治療法の迷走神経刺激療法(VNS)が普及してきました。
VNSは左頸部の迷走神経に電極を巻き付け、左前胸部に留置した刺激装置で電気刺激を与え発作を抑制する手法です。
症状を完全に消失させることはできませんが、治療を受けた患者さんのおよそ半数で、発作が約50%に軽減します。さまざまな発作型に適応し、開頭手術の適応ではない難治性てんかん患者さんにも有効です。
ー特に伝えたいことがあれば教えてください。
患者さんとお話しすると「てんかんという病名を変えてほしい」「てんかんという名前を聞くのが苦痛だ」といった声を聞くことがあります。
自分がてんかんだと人に知られたときに一瞬、「えっ?」という表情をされてしまう。365日の中で1、2回の発作を起こしただけで社会的な信用が低くなる。そんな経験が心の傷となって、家の外に出ていくのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう患者さんもいます。
薬で多くの発作は抑制することができます。コントロールできている方は、注意することで仕事を問題なくこなすことができ、条件を満たせば車の運転も可能です。
発作が残っていても仕事をしながらてんかんと付き合っていける方はたくさんいます。社会がもう少し受け止め方を変え身近な病気として理解してほしいと思います。
鹿児島大学病院 脳神経外科・てんかんセンター
鹿児島市桜ケ丘8-35-1
TEL:099-275-5111(代表)
http://www.kufm.kagoshimau.ac.jp/~ns/epilepsy/