佐賀県の頭頸部がん「最後の砦」を担う
佐賀県の耳鼻咽喉科医療、頭頸部がん治療をけん引する佐賀大学の耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座。倉富勇一郎教授に話を聞いた。
◎首から上部幅広い領域に対応
耳鼻咽喉、頭頸部領域には、言葉を話す、聴くといった「コミュニケーションに必要な機能」、食べる、香りを嗅ぐといった「人間らしい生活を送る感覚や機能」、「体のバランスをとるための機能」があります。同時に、気道や消化管への入り口でもあり、呼吸や嚥下(えんげ)など「生命維持に必須な機能」、扁桃組織などの「免疫機能」が集中している重要な領域でもあります。
当講座では、首から上部で、目と脳を除いた幅広い領域に生じる疾患に対応。大学附属病院として、手術を中心とする入院治療が主な役割です。
頭頸部がんの治療を中心とし、その他に慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎に対する内視鏡手術、声帯ポリープや声帯まひに対する音声外科手術、高齢化に伴って増加している嚥下障害に対する誤嚥防止手術や嚥下機能改善手術などのさまざまな手術に取り組んでいます。
◎増加する中咽頭がん、下咽頭がん
私の専門である頭頸部がん治療には特に力を入れています。手術、抗がん剤治療、放射線治療を組み合わせる集学的な治療や拡大手術を手がけているのは県内では当院だけ。佐賀県の頭頸部がんの「最後の砦(とりで)」として大きな責任を担っています。
頭頸部がんは、すべてのがんの5%程度の割合を占めています。頭頸部のがんは、咽喉頭、鼻、口腔、唾液腺、甲状腺が領域となります。
喉頭がんは喫煙が発がんリスクで、男性の患者さんが多く、発生率はここ数年横ばいです。
近年の特徴は、中咽頭がんや下咽頭がんが増えていること。中咽頭がんの多くは扁桃がんで、子宮頸がんの原因でもあるヒト乳頭腫ウイルス(HPV)の感染によるがんが、明らかに増加してきています。
◎早期がんの治療機能温存手術
当科ではリンパ節転移がない早期の喉頭や咽頭のがんの治療には、のどの内側からレーザー切除等の技術を用いた機能温存手術(経口的切除術)を実施している点が大きな特徴です。
頭頸部がんには放射線治療が有効ですが、治療期間が2カ月程度と長くなってしまいます。一方、経口的切除術は口から直達鏡や内視鏡をのどまで入れ、病変を拡大。その後、病変をレーザー光や電気メスで切除します。
入院期間は最短2泊3日と短期間で済みます。また、術後の嚥下機能の低下などの問題も特に起こっていません。
国内では、どちらかといえば早期喉頭がんの場合は、放射線治療が一次治療です。
しかし、放射線治療は基本的には1度しかできません。複数回実施すると、正常組織が壊れる恐れがあるからです。
頭頸部がんは再発リスクも決して低くはありません。このため、まずは機能温存手術、再発後には放射線治療というように先を見据えた治療を実施しています。
◎進行がんの治療に新たな取り組みを
進行がんの治療については放射線治療を含む集学的治療を主体に進めています。食べる、話すといったQOLにとって基本的な機能を温存することを第一に考えているためです。
本学の放射線治療部門はIMRT(強度変調放射線治療)に取り組むなど先進的な放射線治療を手がけています。
また佐賀県には重粒子線施設もあり当科とも連携しています。
頭頸部がんの治療では放射線治療と抗がん剤を同時に併用する「化学放射線治療(ケモレディオセラピー:CRT)」が2000年代に国内で広がり、当科も取り組んできました。
2012年には、分子標的薬のセツキシマブ(商品名アービタックス)が頭頸部がんに保険適用になりました。これによって、当科では分子標的薬を放射線治療に併用する「バイオレディオセラピー(BRT)」と呼ばれる治療法に積極的に取り組んでいます。
抗がん剤と比較すると副作用が抑えられる点、再発時の手術のやりやすさの点で優れていると考えています。
CRTとBRTと比較すると、国内の場合はCRTを実施している施設の方が多いと思います。当科の場合は、BRTができない場合にCRTを実施することはありますが、8対2の割合でBRTをしています。
また、今後は、放射線治療の前に分子標的薬や抗がん剤の多剤併用をする「導入化学療法」の臨床試験を計画しています。早ければ来年2月にスタートし、その後は多施設で実施するよう準備を進めています。
◎研修医の確保はコミュニケーションから
2014年に教授に着任後、新しい医局員が8人も増えました。学生の勧誘の際には、なるべく多くの医局員とフランクに話せるような場を作るよう工夫しているのでその取り組みが実を結んだようです。
耳鼻咽喉科の場合、初期研修スタートから7年目に「耳鼻咽喉科専門医」を取得し、その後はそれぞれのサブスペシャルティを取得します。サブスペシャルティが耳、鼻、のど、がんなど多岐に渡っているのも特徴です。
県内には複数の関連病院はありますが、まだ手術ができる医師を派遣するまでには至っていません。医師を養成し、いずれは、主要な基幹病院に専門医を当科から派遣できるようにしたいと考えています。
医師の確保は病院全体の問題であり、将来、県の地域医療にも大きく影響してくる問題です。
当科は女性が多いことも特徴で医局員の半数は女性です。本学全体でも昔から女性医師が多くいますし、産休育休後も長く働き続けています。復帰プログラムも充実していますので、女性医師にとっては、長く働き続けられる環境だと思います。
佐賀大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
佐賀市鍋島5-1-1
TEL:0952-31-6511(代表)
http://www.ent.med.saga-u.ac.jp/