走・攻・守そろったオールマイティープレーヤーに
◎数多くの症例経験が可能
鳥取大学医学部附属病院は鳥取県で唯一の大学病院です。また都会の大学病院のように周囲にたくさん病院があるわけでもありません。
通常、大学病院は専門領域に特化しています。しかし地域に医療資源が不足しているという当院が置かれている状況を考えると、幅広い疾患、幅広い年齢層の患者さんと向き合うことになります。症例を重ねることで、野球で言うところの走・攻・守、三拍子そろったオールマイティープレーヤーのような医師になることが可能です。
都会の病院に比べると地方の病院の医師数は少ないかもしれません。しかし、それは学ぶ環境としてはメリットで、たくさん経験を積むことが可能になります。
私も鳥取大学の出身ですので、若いころはそんな環境で整形外科医としてのイロハを学べました。
入局当時の脊椎チームは先輩と私の2人体制。人が少ないので、おのずと数多くの症例に携わることができました。
若いころから多くの症例を経験できる。そのメリットと言っていいのかもしれませんが、当教室の日本脊椎脊髄病学会指導医は私を含めて3人います。都会の大学病院と比べても遜色がないと思いますし、若いうちに脊椎脊髄外科指導医を取得できます。
新専門医制度が来年からスタートしますが、整形外科では、今年度から従来の整形外科研修制度と同時並行で日本専門医機構が検討してきた暫定の研修プログラムを日本整形外科学会主導のもとスタートさせています。
暫定プログラムでは3年9カ月(従来型は4年)の期間、研修を受けてもらいます。研修は大学病院や特定機能病院などで実施します。その後、サブスペシャルティを取得してもらいます。
われわれも県内の関連病院と連携して研修を実施しています。
◎高齢者への整形外科医療
当院が属す、鳥取県西部医療圏は高齢化率が30.0%と全国平均26.3%を大きく上回っています。
日本の高齢化率は世界でトップ。その世界トップの日本の中でも鳥取県の高齢化率は全国トップクラスです。
鳥取県は高齢化地域として世界の先頭集団を走っているわけです。だから私たちは高齢者の整形外科疾患に特に力を入れなければなりません。
私の専門は脊椎です。脊椎は体を支えています。脊椎の中には脊柱管があり、神経がその中を通っています。しかし加齢により、脊柱管が狭くなってしまうと痛みが生じてしまいます。特に狭くなりやすいのは、体の中でも頻繁に動かしている部分である頸椎と腰椎です。
当院の頸椎症性脊髄症や腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症の手術は術後の臥床期間がほとんど必要なく、平均2〜3週間での退院が可能です。
当院の頸椎手術の約4割は80歳以上の人たちです。ただ、夏休みなど学校が休みの時期は小児脊椎側弯(そくわん)症の患者さんなども増えます。高齢者の割合が高いとはいえ幅広い年齢の患者さんを診なければなりません。
◎学部横断、産学連携の取り組み
他学部や企業との共同研究を積極的に実施しています。
鳥取大学工学部は松葉ガニの甲羅から抽出した繊維で新素材「キチンナノファイバー」の開発に成功しました。そのキチンナノファイバーをプラスチックフィルムに混ぜて補強シートにすることで、透明性を損なうことなく素材を強化する補強線維として利用できるようになります。
キチンナノファイバーは動物実験により、皮膚の再生やアンチエイジング効果などがあることが分かっていて、さまざまな分野への応用が期待されています。
当教室では、この素材を医療に応用できないものかと考え、工学部と共同研究をしています。
ストレス、不安、うつなどの精神的な問題によって発症してしまう「心因性腰痛症」という疾患があります。
私たちは医療機器メーカーとタイアップして心因性腰痛症の患者さんの脳波の動きを測定するキットの開発を目指しています。
2014年からは鳥取大学地域貢献支援事業の一環として当院のリハビリテーション部と医学部保健学科と共同で、鳥取県の西部に位置する日野町で健診事業を実施しています。
この健診は「足腰いきいきロコモ健診」という事業で、骨量、筋肉量、歩行能力などを調べてロコモティブシンドローム予防につなげるためのものです。
同健診は運動器の健康維持とロコモ予防啓発活動が評価されて2015年に一般財団法人「運動器の10年・日本協会」の「運動器の10年奨励賞」を受賞しました。
日野町は高齢化率が47.0%と全国平均を大きく上回っている地域で、独居や高齢者だけの世帯が多いのが特徴です。
健診事業を通じて実感したことは、思っていた以上にロコモティブシンドロームに対する住民の関心が高いということでした。
やはり、自分が寝たきりになってしまうことで、家族に負担をかけたくないという気持ちが強いようです。
ロコモティブシンドロームの啓発活動が少しずつ浸透していることを実感しています。
◎留学のススメ
教室運営に関して心がけていることは、教室員の自主性を尊重することです。私はなるべく遠くから見守って、教室員が方向を誤りそうな場面があれば軌道修正するようにしています。
海外留学も大切だと考えています。現在も1人アメリカに行っています。
私自身、アメリカのマイアミ大学に海外留学したことがあります。研究や医療面だけでなく、異文化に触れられたことは、とても貴重な経験でした。
人種、宗教、思想などのバックグラウンドが違う人たちと交流することは、とても面白かったですね。そのころ知り合った人たちとは現在でも交流があります。
また海外の医療システムをみて日本が優れている点、劣っている点を把握することもできました。
留学中、アメリカの整形外科医の手術を見学して思ったのは、アメリカ人より日本人の方が手先が器用で、手術がうまい傾向があることです。もしかしたら日本人は幼いころから箸を使っていることも関係しているのかもしれません。
アメリカの整形外科医はフロンティアスピリットがあると感じることが多かったです。
日本の整形外科医だとためらうような失敗のリスクがある難しいケースでも恐れることなくアグレッシブにチャレンジします。
それが良いことかどうかは一概に言えません。しかし、医療の進歩のためには時にはチャレンジすることも必要なのかもしれませんね。
◎密なコミュニケーションを
私たちは患者さんのライフスタイルや置かれている社会背景を最大限に考慮し、患者さんの希望をよく聞いた上で治療方針を決定しています。
アスリートは競技のパフォーマンスを取り戻すために、一般の人なら選ばないような手術を受けることもあるでしょう。
逆に高齢者で、あまりアクティブな活動をしていない人には必要最低限のADL(日常生活動)を保てるような治療も選択肢の一つです。
整形外科医は決して病気だけを診ているわけではないのです。
日常診療の何気ない会話の中に、患者さんのことをもっと深く知るためのヒントがたくさん隠されています。今後も患者さんと密なコミュニケーションを取って、より良い整形外科医療を提供していくつもりです。
鳥取大学医学部感覚運動医学講座 運動器医学分野(整形外科)
鳥取県米子市西町36-1
TEL:0859-33-1111(代表)
http://www2.hosp.med.tottori-u.ac.jp/orthopedic/