九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
Aは69歳の男性、かかりつけのB医院で被爆者手帳更新のための診断書を求めたところ、胸部X線写真で胸の陰影を指摘され、造影CTを撮影することになりました。
ところが、造影剤イオメロンを注射中に、口唇、四肢末梢のチアノーゼ、呼吸困難等の症状が出現、看護師が別室にいたB医師にその旨を伝えている間に、Aさんの心臓は停止してしまいました。解剖により、死因はイオメロンによるアナフィラキシーショックとされています。胸部には何の病変もありませんでした。
イオメロンの添付文書では、「ショック等の重篤な副作用があらわれることがある」との警告がなされており、「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」には禁忌、「気管支喘息(ぜんそく)のある患者」には原則禁忌とされています。
Aさんには、気管支喘息の持病があり、B医院で気管支拡張剤の処方をうけていました。B医院で約3年前にイオメロンを使用して、全身発疹・顔面蒼白・喘鳴・呼吸困難といった症状が出たこともありました。
B医師は、この事件で業務上過失致死の罪に問われ、罰金50万円の略式命令が確定しています。ところが、民事訴訟では、B医師は、徹底して責任を争いました。
その主張は以下のようなものです。
Aさんには、本件も含めて10回にわたり同じイオメロンを使用しているが、これまで一度も副作用は出現していない。3年前の検査の際に、全身発疹・顔面蒼白・喘鳴・呼吸困難といった症状が出たというけれども、看護師が大げさに書いただけで、実際には補液、酸素投与、ステロイド投与により30分程度で回復し、自力歩行で部屋に戻っている。イオメロンによる副作用ではなく当日の体調による一過性の反応である可能性が高く、Aさんは「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」とはいえない。
Aさんに気管支喘息の持病があることは認識していたが「原則禁忌」というのは特に必要があれば使っていいという意味である。本件でも、鮮明な画像を得るために造影剤を使用する必要があったのだから、使っていい場合にあたる。
補液、酸素投与、ステロイド投与まで必要だった症状を、「体調不良による一過性の反応」であるという主張も驚きですが、B医師の証言で最も驚いたのは、本件が起こるまで、CT撮影は全て造影で行っていたということでした。理由は、「そのほうが、画像が鮮明だから」です。
では、本件後はどうなのか。「すべて単純CTです、こんなことがあったので、到底、造影剤を使う気になれません」とのお答え。つまり、単純CTでいいのか、あるいは造影CTまで必要なのか、といった問題を考えたことがなかったようです。
B医師は、「これまでたくさんの患者に造影剤を使ってきたがこんなことはなかった」と何度も繰り返しました。これは、特に驚くようなことではありません。ヨードショックの頻度は、それほど高いものではありません。しかし、適応も禁忌も考えずに全員に造影剤を使用していれば、いつかこういった死亡事故が起こるであろうことも、また当然です。そういったことをできるだけ少なくするために、薬剤には添付文書がついているのです。
本件でも、患者側全面勝訴の判決が一審で確定しました。
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