改革を後押しするのは現場の力
「名古屋市南西部の地域医療を引っ張っていく存在でありたい」。河野弘院長が描く将来像は明確だ。新病棟の手応え、未来への布石(ふせき)など、名古屋掖済会病院の動きを追う。
―院長に就任して半年、どのような病院づくりを。
日本で最も古い公益法人である日本海員掖済会は、「日本近代郵便の父」と呼ばれる前島密(1835-1919)らによって、1880年に設立されました。
「掖済(えきさい)」とは「腋に手を添えて助ける」の意味。設立の目的は、船員やその家族をはじめとする、海で働く人々の福利厚生の充実でした。
運営する八つの掖済会病院は、小樽、宮城、横浜、名古屋、大阪、神戸、門司、長崎とすべて海の近くに立地。当院は1948年に開設しました。
時代とともに海事関係者が減少。医療の対象者も一般に広がり、地域に根付いた病院として発展してきました。当院附属の埠頭診療所で船員や港湾関係者の健康診断を実施したり、洋上救急を担ったりといった側面では、今も掖済会の「原点」を残しています。
今年3月、院長に就任した私が述べた抱負は、「現場の力を最大限に引き出す」でした。患者さんの一番近くにいる現場の職員から、どんどん提案してほしい。私たちはその声をサービスや経営に反映させ、さまざまな改革を進めていきたい。そう話しました。
現場力を発揮して強化していく柱は2本。「救急医療」と「高度医療」です。
1次から3次まで対応する救急医療は、1978年に「東海地方初の救命救急センター」を開設した当院の伝統とも言えるものです。
救急車の年間受け入れ台数は、名古屋第二赤十字病院に次いで名古屋市で2番目。8000台前後です。当院を含めて市内全域で台数が伸びつつありますので、スタッフを増強するなど、常に体制を整備しています。
当センターを訪れる患者さんは軽いケガから、多発外傷、脳卒中、心筋梗塞、急性腹膜炎、四肢の切断まで、実にさまざま。年間で約4万人が、救急車やウオークインで来院します。
臨床研修指定病院でもある当院は、「医師は幅広い診療経験を積むべき」という考えを方針としています。救命救急センターは、研修医たちが多様な患者さんと接するトレーニングの場として大きな役割を果たしています。
若い医師たちに学んでほしいのは、「患者さんの本質をしっかり診る」ことです。歩いてくる人が軽症とは限らない。重大な疾患が隠れている可能性を念頭に診察するよう指導しています。
看護師は、救急の待合室で順番を待っている患者さんたちを定期的にチェック。急変した患者さんがいれば、臨機応変に診察室へ案内する「待合室のトリアージシステム」なども、若い人には貴重な経験となるでしょう。
救命救急センターの当直日誌には、研修医たちの日々の思いがつづられています。私は毎日必ずそれを読み、コメントを書き込んでコミュニケーションを図っています。ここで感じたことを、成長に生かしてもらえたらうれしいですね。
「なぜ24時間365日、断らない救急が可能なのか」と問われることがあります。
当然、組織としての仕組みや設備の充実は大切ですが、根底にあるのは職員の「使命感」ではないでしょうか。全員が同じ使命を背負っているという意識があるから、診療科や部門に縛られることもありません。やはり、一朝一夕には完成しない、「伝統」がなせるわざだと思います。
―新病棟の効果は。
当院の高度医療の拠点となるのは、昨年11月にオープンした新病棟。地下1階、地上7階建ての免震構造です。
リニアック、PET-CT、320列CTを含めてCTを計4台、3.0テスラなどМRIを2台、血管造影装置を3台と、最新鋭の機器をそろえました。名古屋市南西部の基幹病院として、「ここで完結できる医療」を目指します。
屋上のヘリポートは、ドクターヘリはもちろん、海上保安庁の20人程度が搭乗できる消防防災ヘリも着陸可能です。
新病棟の完成前は、当院の医師や看護師が車でセントレア(中部国際空港)に移動。空港で防災ヘリに乗り込み、洋上救急にあたっていました。ヘリポートの設置は平時の救急医療はもちろん、災害拠点病院として有事の搬送や避難にも貢献するでしょう。
患者さんのアンケートによると、「アメニティーが向上した」という声がかなり目立つようです。旧入院棟の北館は築40年余りが経過しており、医療やサービスの効率化を妨げていました。
患者さんに向けたソフト面で力を入れたのは、プライバシーの保護やセキュリティー強化、ゆとりある空間への配慮です。患者さんやご家族とじっくりと話ができるよう、一般病床1病棟(42床)につき2カ所の面談室を設置。全602床のうち一般病床は480床で、120床が個室です。共用トイレはすべて車いすのまま使用できます。
1病棟ごとに職員用のカンファレンスルームがあり、仮眠室と休憩室をそれぞれ独立した部屋としました。職員にとっても快適で、働きやすい環境を目指しました。
今年6月、5000坪の隣接地を取得しました。まずは患者さん用に500台分の駐車場整備を進めており、10月に完成予定です。
次の目標としては、外来棟の新築を実現したい。現在、外来棟として稼働している南館は1984年築。旧入院棟と同じく、今求められている医療に十分応えきれていません。できるだけ早い時期に、時代に即した病棟を実現したいと考えています。
12月1日に地域包括ケア病棟47床を開設する予定です。
名古屋市南西部は、中京病院、中部ろうさい病院、共立総合病院、大同病院など、400床を超える急性期病院が集中しています。
対して急性期を終えた患者さんを受け入れるベッド数は不足気味。当院でも、退院した患者さんの行き先がなく、時期によっては新たな受け入れが難しいケースが発生しています。
当院の地域包括ケア病棟が一定の調整機能をもつことで、患者さんに「地域内で適切な医療を受けることができる」という安心感を提供したいと考えています。
―人材育成や医療機関との連携については。
私たちが取り組む医療は、現時点では最良の手法を選択していると自負しています。しかし、10年後、20年後の医療には必ずしもそぐわないでしょう。私が「現場の力を改革につなげていきたい」と呼びかけた意味は、次の時代を見据えた人材育成を重視しているからです。
今、各診療科、看護部門、事務部門など、それぞれのセクションで次代のリーダー育成を加速させています。10年を育成スパンと捉え、スムーズなバトンタッチができるよう、育成計画を進めているところです。
来年度からスタートする新専門医制度において、当院は内科、外科、救急科の3科の基幹型臨床研修病院に指定される予定です。いい人材を確保するチャンスですから、地域医療のレベルアップにつなげていきたいと考えています。
毎年、当院には新しい職員が100人ほどやってきます。当院では医療安全管理委員会が主導し、講習会の実施、職員の点呼の徹底、ITを活用したバーコード認証の導入など、さまざまな医療事故の予防策を取り入れています。
人間がやることですから、完璧ということはあり得ません。新しい職員も含めて、課題を探し、個々が深く考えることのできる組織にすることが重要だろうと思います。
他の医療機関との連携や共同の取り組みも進んでいます。当院と連携するすべての医療機関が集い、地域医療についてディスカッションする会を年に1度。部門ごとの勉強会や研修会を、年に20回を超えるペースで開いています。
今年3月、総務省が進める「クラウド型EHR(Electronic HealthRecord= 医療情報連携基盤)高度化事業」のモデル事業として、名古屋市医師会が運用する在宅医療・介護連携ネットワーク「はち丸ネットワーク」が採用されました。多様な施設による効果的な地域包括ケアや広域のデータ連携を後押しする事業で、当院もプロジェクトに参画しています。
ネットワークには、病院、診療所、薬局、介護サービス事業所などを合わせて300の施設が参加。患者さんの疾患、検査データ、投薬歴などを共有できる患者カード「はち丸カード」(来年度より運用予定)などを活用して、医療機関の双方向の連携促進、医療の効率化を図ります。
2018年10月6日(土)、名古屋大学医学部の教官や卒業生が一堂に会する「第109回学友大会」(名古屋観光ホテル)の大会委員長を務めます。
毎年、医学部の教授と市中病院の院長が交代で大会委員長を担当。今年の108回大会は名古屋大学消化器内科学の後藤秀実教授です。
1885(明治18)年から続く歴史ある会ですから、光栄なことです。当日は臨床、基礎研究分野を合わせて、さまざまな先生方が300人ほど参加されます。名古屋掖済会病院のことを知ってもらういい機会です。交流の深まりがきっかけとなり、よりよい医療につながる可能性があるかもしれない。しっかりと準備をして臨みたいと思っています。
一般社団法人 日本海員掖済会 名古屋掖済会病院
名古屋市中川区松年町4-66
TEL:052-652-7711(代表)
http://www.nagoya-ekisaikaihosp.jp/