サイエンスとアートの両立を
―病院の歴史と特徴を教えてください。
前身である信岡病院は1946(昭和21)年に開院。1951(同26)年には医療法人信岡会を設立し、1981(同56)年に菊池中央病院に名称を改めました。
菊池市は人口約5万人。当院の診療科数は13で、幅広い疾患、年齢の患者さんに対応しています。
私は日本感染症学会感染症専門医と指導医の資格を持っています。
感染症と聞くと深刻な病気を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、隔離が必要になるほどの疾患はそのうち、ほんの一握りです。
風邪、気管支炎、肺炎など、り患した経験のある人が多い疾患がほとんどです。
当院では高齢化に伴うこうした感染症の増加に対応するために感染症外来を設置しています。
―今後、力を入れていきたいことは何でしょう。
菊池市の高齢化率は30.8%と全国平均(26.3%)より高く、人口増減率はマイナス4.04%(全国平均マイナス0.75%)です。また診療報酬改定などで医療制度も刻々と変わってくるでしょう。
今後、特に力を入れていきたいと思っているのがプライマリ・ケアです。
高齢者は複数の疾患を合併しています。高齢者が増えると、患者さんを全人的に診ることができる総合診療医の役割がますます高まってくるでしょう。当院でも総合診療科の標榜(ひょうぼう)を学会に申請しているところです。
総合診療医を志す若い医師が、当院に赴任してくれることも期待しています。今、私を含めこの病院の医師は全員60歳前後。若い人に指導することでベテラン医師もレベルアップできると思います。
当院では各々の医師が専門分野を持ちつつも、あらゆる疾患をある程度診ることができるというのが強みです。
もし、自分で対応できない症例であれば、専門とする他の医師に相談する。さまざまな疾患に接することで勉強にもなります。
―チームワークが良いのですね。
診療科、職種間の垣根はありません。人間関係が良好なので、職員の離職率が低いのも特徴でしょう。
人間関係が良好な職場はストレスがたまらず、モチベーションも高く、明るく働けるものです。
医療従事者が明るく生き生きと仕事をしていると、それが患者さんにも伝わり、患者さんの療養環境にも良い影響をもたらすのではないかと思っています。患者満足度調査のようなものは特に実施していませんが、皆さん満足してくれているものと確信しています。
また産休・育休も取得しやすい環境なので出産した女性職員は辞めずに皆さん復帰してくれます。
医師以外の職員のほとんどは、この地域出身です。病院は地域の医療だけではなく雇用を支えているという側面もあります。当院の職員は155人。雇用という側面から見ても地域に貢献できているのではないでしょうか。
―思い描く理想のリーダー像はありますか。
カリスマ性が強く、周囲をぐんぐん引っ張っていくワンマンタイプというよりは、患者さんや職員に慕われて、背中で引っ張っていくリーダーが理想だと思っています。
カリスマ的なリーダー像が求められる組織もあると思います。しかし、病院においては何よりもチーム医療が求められます。今後も理想のリーダー像を追い求めていきたいと考えていますね。
―地域の病院で働くうえで医師に心がけてもらいたいことはありますか。
人にはそれぞれ個性があります。治療に対する考え方も異なる。同じ疾患の患者さんであっても、ひとくくりにするべきではありません。ガイドラインのみを信じ、病気を診て、人を診ないというのはあってはいけないことです。
私は「医学とはサイエンスであり、アートである」だと思っています。
サイエンスとは数学的再現性を指します。ガイドラインは、まさしくこのサイエンスに該当します。
しかし、ガイドラインに当てはまらない患者さんが、必ず存在します。そこを補うものがアート、感性です。患者さんを見て何か感じられるかどうか。それも重要なのです。
医師としての感性を磨くために、私は、自分の専門分野以外の本も読むようにしています。例えば死生観について書かれた本や医療事故被害者が書いた本などです。
医師であればサイエンスは勉強して当然でしょう。その次にいかにアートを磨いていくか、私を含め多くの医師の課題でしょう。
当院では年に4回、広報誌「くるみ」を発行しています。写真、校正、記事作成をすべて職員がしています。そこでは医療情報や栄養科によるレシピ情報などを掲載。私は毎回、日々感じたことを書いています。
内容は医療の話もあれば「終活」「人間にとっての生きやすさとは何か」など、さまざまです。「くるみ」内での執筆によってもアートが磨かれているのかもしれませんね。
生活環境や家族関係などを考慮し、患者さんの価値観を尊重した医療が求められています。患者さん一人ひとりに対し、患者さん目線で行動することが必要です。医師も含め、職員には、それを絶対に忘れないでもらいたいと思っています。
―医師としてのモットーはアートを磨いて、患者さん目線でということですね。
急性期病院では、在院日数短縮のため効率的な医療が求められます。そこではサイエンスにのっとった医療を提供する必要があるでしょう。
しかし、当院に求められる役割は少し違います。患者さんの多様性とサイエンスでは説明できないアートを感じ取り、決して型にはめない診療、治療を提供することが必要です。そのためには非効率な医療も時にはやむを得ないと思っています。
若い医師には、とにかく一日を無駄にすることなく、一生懸命がむしゃらに働いてほしいと思います。
昔と今とでは時代が違うとはいえ、私が若いころの研修医は何日も家に帰れないし、上級医にこっぴどく叱られるなどということは日常茶飯事でした。
しかし、上級医と共に毎日を過ごす中で、医師としての生き方や倫理観などを学んだ気がします。これが医学のアートにあたるものかもしれません。
還暦を迎え、叱ってくれる上級医は少なくなりましたが目の前の患者さんの声こそが私への指導と思い、できるだけ謙虚に耳を傾ける毎日です。
菊池中央病院
熊本県菊池市隈府494
TEL:0968-25-3141
http://www.nobuokakai.ecnet.jp/