治療の成果がはっきり見えるだから満足度を大切にしたい
水虫に代表される真菌(カビ)の感染症は、夏場にご注意│。そんなイメージが強いが、「実は、冬場に大きく減るわけではない」と竹中基准教授は指摘する。身近にあふれるさまざまな「カビ」と人間の関係を、あらためて整理する。
◎「悪さ」をするカビ
真菌(カビ)が引き起こす感染症である「真菌症」は、大きく表在性と深在性に分かれます。
表在性真菌症は皮膚の表面にカビがつくもので、白癬菌(はくせんきん)を要因とする「水虫」が主。皮膚の内部に感染するものを深在性真菌症と呼びます。
表在性真菌症が臓器まで達して感染する可能性は極めて低いでしょう。逆に肺などに感染した真菌が、血流に乗って皮膚の表面に出てくるケースは時折見られます。
そもそも、深在性真菌症の症例自体はあまり多くはありません。健康な方が感染することはまれで、免疫力が低下している「コンプロマイズドホスト(易感染宿主)」がかかりやすい。健常ならなんともない菌が、コンプロマイズドホストにとっては病気の原因となるのです。
全国的にも長崎に多いとして知られる深在性真菌症が、スポロトリックス属を原因菌とする「スポロトリコーシス」です。丘疹(きゅうしん)などの発疹の症状があり、感染者は子どもと高齢者が目立ちます。特に島原地方で発症頻度が高いのですが、その理由はまったく分かっていません。
福岡県の久留米地方や遠賀川の流域にも多かったことから、「大きな川がある地域で発生するのではないか」と推測されましたが、島原に大きな川はない。そのほかにもいくつか仮説が立てられましたが、いずれも証明されませんでした。
◎水虫はいつはやる?
一般的な印象としては「水虫のシーズンは夏」。疫学調査でも、6月〜8月の時期が多くなると言われています。
高温多湿の環境で増えやすくなることは間違いないのですが、私の感覚としては、冬にも一定数の症例が見られます。傾向としては、保温性の高い靴下やブーツの着用により、女性の水虫が増加していると言えると思います。
高齢者の診察でも、コンスタントに水虫の方がいます。介護が必要で施設に入所されている方、ご自宅で暮らしていて自分で歩ける方など、置かれている環境で発症の頻度は異なると思います。ただ、比較の対象となる大規模な調査などもなされていません。
2000年代に入り、海外から白癬菌の一種「トリコフィトン・トンズランス」が日本に持ち込まれました。柔道部やレスリング部などの集団感染をきっかけに問題が表面化。一時は「パンデミックを起こすのではないか」という見方もあるほど、急激に症例数が増加しました。
保菌者と体が触れ合うことで感染し、かゆみやフケといった軽い症状をはじめ、重症化した場合は脱毛を伴います。啓発活動が進んだこともあり、極度の拡大には至りませんでしたが、毎年、ほぼ一定の割合で発生しています。
感染者の全員が完治するまで治療しているとは考えにくく、指導者も知識はあるものの、現実的に予防の徹底は難しい。今後もなくなることはないだろうと思います。
◎誤診に注意!
近年、時々話題になるのが、1990年代に日本で急激に増加した白癬菌「ミクロスポルム・カニス」による真菌症です。
ペットを介して人間に感染。ほとんどの症例が猫から、まれに犬から感染する事例も見られます。猫に多いのは室内にいて、抱っこなど体が密着する機会が多いためでしょう。
感染者の中心は子どもや若い人、女性です。「髪の毛が円形に抜けている」「体に赤い皮疹ができた」と受診し真菌症が原因だと発覚します。
注意しなければならないのは、しばしば湿疹と誤診され、ステロイド外用薬の治療が施されることです。
頭部の皮疹を湿疹と診断されて、ステロイドを外用すると「皮下膿瘍」(皮膚に重度の炎症が生じた状態)をつくり、広範囲にわたる脱毛「ケルスス禿瘡(そう)」に至ってしまう危険性があります。
内服薬で適切に治療すれば完治する疾患です。髪の毛が生えてくるのに時間を要しますから、早期の受診と治療が大切。同時にペットの治療を忘れてはいけません。
診断が難しい真菌症としては、「つめの水虫」があります。白癬菌の有無を顕微鏡検査で調べるのですが、非常に存在を確認しにくいのが特徴です。つめのサンプルから白癬菌を検出するキットが開発されていますが、まだ販売されていません。
つめの水虫も、症状がよく似た疾患と間違えられることが少なくありません。「尋常性乾癬(かんせん)」「扁平苔癬(へんぺいたいせん)」「爪甲肥厚症(そうこうひこうしょう)」など、つめの変形を伴う疾患と誤診しやすいのです。
薬が処方されたものの、いつまで経っても治らない。かといって悪化することもないので、長期間、ムダな治療を続けてしまう。専門医でなければ、正しい診断が難しい疾患の一つだと思います。
つめの水虫に対しては、3年ほど前に「クレナフィン」と「ルコナック」の二つの外用薬が登場。従来は飲み薬しかなく、副作用の恐れが指摘されていました。塗り薬の場合は、ほとんど副作用の心配はありません。
◎まだまだ謎が多い
足の水虫であれば、特に風呂上りなど、水分をしっかり拭きとることを心掛けるのが一番の予防法だと思います。
また、真菌は本人がまったく気づかないような、ごく小さな傷から皮膚に入り込んでしまいます。
かかとの角層などは、痛みを感じないレベルで「けずれる」ことがあります。本来は角層のバリア機能が働いて侵入を防ぐのですが、ちょっとした「穴」を真菌は見逃さず、感染することがあります。
皮膚科医が扱う疾患は、治っているかどうか、目で見てはっきりと分かるものが多い。だからこそ、患者さんの満足度に直結します。
真菌症の免疫学的機序に関する研究は、これまでほとんどなされてきませんでした。いまだ明らかになっていないことが多く、珍しい症例にもときどき遭遇します。
インターネットなどの情報によって、不安を募らせている患者さんなどもいます。できるだけ時間をかけた説明で、安心して治療を続けてもらいたいと思っています。
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 皮膚病態学分野
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