知恵の集積で荒波を乗り切る
◎好機を逃さない
「偶然はよく準備された精神にのみ微笑む」と、フランスの細菌学者、ルイ・パスツールは言いました。
準備を怠っていると、目の前に幸運が訪れても見逃してしまう。ずっと私の心に染み付いている言葉です。
病院経営を預かる身として、これまで「進退窮まった」と思うことが何度かありました。そのたびに、かならず救いの手を差し伸べてくれる人が現れました。
チャンスはきっと、誰にでも平等に与えられるものだと思います。どんな準備が正解なのかはわかりません。ただ、好機をつかむためには、常に努力し続けていくしかないと思うのです。
当院の123床の内訳は、一般病棟43床、回復期リハビリテーション病棟43床、地域包括ケア病棟37床。いわゆるケアミックス病院です。
前日本福祉大学学長の二木立先生が、20年ほど前に「保健・医療・福祉複合体」(※)を提唱されました。同時期から当法人では保育所(1997年)、介護老人保健施設と訪問系事業所を集約した在宅医療介護センター(ともに1999年)、グループホーム(2002年)、介護付有料老人ホーム(2006年)、サービス付き高齢者向け住宅(2013年)などを段階的に開設。「複合体」を形成してきました。
東大阪市は、市立東大阪医療センター、河内総合病院、石切生喜病院といった300床クラスをはじめ、非常に多くの総合病院が集中しています。
123床の喜馬病院が地域でどんな役割を果たせるかと考えると、まずはリハビリテーションだろうと思います。
2006年の新築開院を機にリハビリテーションセンターを開設するなど、従来から力を入れていた部門です。この強みを生かした特色を打ち出すという発想が当院の基礎となっています。
現在、周辺地域において、地域包括ケアシステムを法人内で完結できるのは当院の他にはありません。その意味では、急性期医療から在宅までカバーできる当院は、東大阪エリアの医療ネットワークにおける一つのとりでとも言えると思います。
よく「先を見すえて取り組まれたのでしょう」と言われますが、「結果的になった」というのが正しい。地域のニーズを満たそうと行動した結果、いまの姿にたどり着いたということです。
◎簡単ではない総合診療
1990年から理事長と院長を兼任してきましたが、この4月、熊野公束副院長が院長に就任しました。
理事長職に専念する体制になったわけですが、週に一度の総合診療科の診療は続けています。
欧米では「家庭医」の診断を経てから、必要に応じて専門医の紹介を受けるシステムが普及しています。海外視察にヒントを得て、当院でも20数年前に総合診療を取り入れました。
近年の総合診療の必要性を訴える声が高まっている状況は理解できつつも、長年携わってきた立場から言えば、そう簡単ではないとも感じています。
かかりつけ医は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、 身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」(日本医師会・四病院団体協議会)と定義されています。
機能としては「休日や夜間も患者に対応できる体制を構築する」「日常の診療の他に地域における医療を取り巻く社会的活動、行政活動にも積極的に参加する」など、幅広い役割が求められています。
自分の専門外の患者さんを診察するのはもちろん、介護保険制度のことなども熟知している必要があるわけです。ましてや、お1人でやっている開業医の先生にすべてを求めるのは、現実的には難しいでしょう。
私たちのような中小規模の病院が力を発揮できるのは、まさにここだと思うのです。基幹病院や大病院がフォローできない患者さんを、私たちはチーム医療で支えていくことができる。喜馬病院が応えるべきニーズは、さらに広がっていくのではないかと思います。
◎正しく伝えられる医療人を育成したい
8年前から関西医療大学で非常勤講師を務め、「外科学」の講義を受け持っています。教育の難しさを感じるとともに、人を育てるとはどのようなことなのか、私なりに少しずつ理解することができました。
学生たちにできるだけ伝えておきたいのは、医療人としての心構えや生き方です。
単に知識を得るだけであれば、本やパソコンで学べば十分でしょう。私たちが医療の現場で向き合っているのはモノではない。
患者さんは一人一人ちがう人間ですし、今日と明日では症状も変わります。「まったく同じ」ということは、二度とないのです。
その基本的な部分が抜け落ちていると、「病気だけを見て、病気の患者さんを見ていない」ことになりかねない。ある面では、専門性の細分化が進んだことによる弊害とも言えるかもしれません。
特に、超高齢社会で合併症の問題などを抱えた高齢者を適切にケアしていくには、「病気の患者さんを見る」ことが欠かせないでしょう。
がん研有明病院の山口俊晴病院長は、「医師は医療を勉強する前に国語を勉強しなさい」という意味のことをおっしゃっていました。
「医療の非対称性」という言葉があるように、医療者と患者さんとの間には、知識量に大きな隔たりがあります。患者さんに合わせた言葉で、ちゃんと理解してもらって初めて説明が成立する。「正しく伝えられる医療人」を育てていきたいと考えています。
◎「統合」を進めていく
近隣の医療機関とは患者情報共有システム「ID│Link」でつながるなど、地域内での連携強化を進めています。
一方、当寿山会の内部で目指すのは、本当の意味での「統合」です。
まだ、自分たちのグループにどんな施設があるのか、どのような機能を持っているのか、ちゃんと把握できていない職員もいるのです。
その意識を統一し、効率的にムダなく動ける法人へと成熟させていきたいと思っています。
トップの仕事は経営が半分、もう半分は後継者の育成。今回の院長交代も、それを促進していくためのものです。
これから医療制度や社会保障制度などに、大きな変化がいくつも訪れるにちがいありません。10年、15年先ならある程度の想像を働かせることはできますが、そこから先を見通すことはできません。
ダーウィンの進化論から引用すれば、氷河期を乗り切って生き残ったのは、大きくて強い生物、賢い生物ではなく、変化に対応した者です。
「どうしたら地域に貢献できるか」を、みんなで知恵を絞って考え、変化に対応できる。そんな組織をつくれたらと思い描いています。
医療法人 寿山会 喜馬病院
大阪府東大阪市岩田町4-2-8
TEL:072-961-6888(代表)
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