食道、胃、大腸のがんに焦点安全な低侵襲手術を追究
食道、胃、大腸に絞った臨床、研究、教育が特徴の神戸大学大学院医学研究科外科学講座食道胃腸外科学分野。掛地吉弘教授は、手術システムや教育システムの開発に取り組んできた。
◎集学的がん治療
当科は、食道、胃、大腸のがん治療にスポットを当てています。特に「手術」とそのための準備に力を入れ、手術ができる人に対しては内視鏡、腹腔鏡、胸腔鏡の手術を実施。手術では取りきれないほど病巣が大きな場合には、全身化学療法でがんを小さくしてから手術する方法を模索します。
ここに来る患者さんは、糖尿病や腎臓病などの合併症がある方が多く、術中、術後の管理が難しい場合が少なくありません。幅広く高度な専門性を持つわれわれの大学病院では、内科、外科、放射線科など、関連する診療科のスタッフとともに定期的にカンファレンスを開き、頻繁に連絡も取り合うことで、安全な管理を可能にしています。
◎医学と工学を融合させた先端医療
九州大学病院にいたとき、橋爪誠教授が主催されているCAMIT(先端医工学診療部)に2年間在籍しました。CAMITは、外科系の医学博士、工学博士、生理学博士などの専門家が、共同で先端医療機器やシステムの研究開発を推進する診療部です。
CAMITでは、低侵襲治療を支えるコンピューター外科、シミュレーションやナビゲーションシステム、ロボット手術などの最先端技術の研究開発、手術トレーニングなどに取り組んでいました。
MRIを用いた腹腔鏡下センチネルリンパ節ナビゲーションを用いた試みも行っていました。
センチネルリンパ節とは、がんが転移するとき、最初に転移するリンパ節です。
リンパ節に取り込まれる性質を持つMRI造影剤をがん病巣に注入すると、その周辺にあるリンパ節が蛍光色に光ってモニター上に映し出されます。このリンパ節の画像を3Dの腹腔鏡画像に重ね合わせて表示させるという仕組みです。
手術の早い段階でセンチネルリンパ節の場所が特定できれば、必要な郭清範囲がわかり、正確な治療ができます。手術時間も短くなり、患者さんにとっても侵襲が少なく治療ができます。
患者さんのおなかの中を画像でとらえ、コンピューターの中で立体化すれば、リンパ節、血管、神経など、はっきり区別することもできます。車のナビゲーションシステムと同じように、臓器の中で見たい部分だけを選んでモニターに浮かび上がらせることが可能です。傷つけてはいけない尿管を大腸手術の術野に重ね合わせれば、安全な手術ができます。
手術支援ロボット「ダビンチ」の「手」は、わずか7mmほど。鳥のくちばしのような二本指で人間の指と同じ動きを再現することができます。傷口も5mm〜10mmと小さくて済み、術後の回復も早いことが特徴です。
ダビンチの「目」は、左右の内視鏡画像を見て、術者の頭の中で3次元に構築するのでストレスなく手術をすることができます。人間のように手が震えることが無いので、見ている術野がぶれず、組織をつかんでいる鉗子もぶれずに、安全な手術が可能です。
大きな人間の手をおなかの中に入れるのではなく、小さなロボットの目と手を入れる手術です。ロボットの手を動かすのは外科医である人間が行い、ロボットが勝手に手を動かすわけではありません。
こうした医学と工学の融合によって、手術はますます低侵襲で安全性の高いものに進化していくと思います。
本学に来てからは、腹腔鏡手術における2D、3D、4Dモニターによる手術鉗子の操作性の違いと有用性について研究するようになりました。
胃の全摘手術の場合、2Dは、約4〜5時間を要しますが、3Dは4時間を切ります。時間が短くなるということは、手の動き、鉗子の動きに無駄がなく、手術がしやすいということです。
2Dだと、画像に奥行きがないので、傷つけてはいけない血管や臓器を触って確かめながら手術を進めなければなりませんが、3Dは、画像に奥行きがあり、手術部位から動脈や血管までの距離が分かりやすく、安全に手術ができます。患者さんにとっても低侵襲ですし、術者の体力的負担も軽減されます。
4Kの画像は鮮明で、細かな部分も詳細に見ることができます。術者の10 人に1人ほどは、3Dの人工的な立体感に違和感があり、ストレスを感じることもあるようです。そのような場合は4Kが有用と言えます。
操作性の違いを研究することで、どういう手術が安全で低侵襲なのかを検証しています。
◎手術教育システムの開発
私が研修医だったころは、手術時の術者の手の動きなどは「(実際に)見て覚えろ」という風潮でしたが、今は、手術風景を録画した映像を後から何度でも確認し、学べるようになりました。
当教室では、工学部との共同研究で、さまざまな術者の手術中の映像から手術鉗子の動きをデータ化して解析しています。理想の動きを見いだすことで、若手に手術を指導する時、手の動きが大きな人には「もっと小さく動かすように」、スピードが遅い人には「もっと早く動かしても大丈夫だよ」と助言できるようにしたいのです。
一人ひとりに応じた教育をできるようにすることで、ある一定レベルの安全な手術ができるようになるまでの時間を短くできればと考えています。
◎若い医師に伝えたいこと
外科医の醍醐味は、手術、内科的治療、ありとあらゆる医療手段を使って、患者さんの役に立てるというところです。そのことをまず理解して、実践してほしいと思います。
最も大切なことは、患者さんを一人の人間としてみることができるかどうか。自分の専門の臓器だけに捉われるのではなく、患者さんの生活環境まで含めて、その人にとってどの治療法が一番役に立つのかを、しっかり考えなければなりません。
「医療行為をするからには、患者さんとの関わりにすべての責任を負う」ことも大事です。
若い医師を見ていると、自分の関心のあることしか知りたがらない、やりたがらない傾向が見られます。小さな殻に閉じこもっていては、自分の可能性を狭めてしまいます。もっと殻を破ってほしい。幅広いフィールドで活躍してほしいと思います。
何かを強制したり、規制したりするのではなく、「自由にやっていいよ」、というスタンスで、可能な限りサポートするので、ぜひ、伸び伸びとやってほしいですね。
神戸大学大学院医学研究科 外科学講座 食道胃腸外科学分野
神戸市中央区楠町7-5-2
TEL:078-382-5925
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