「予防」のためにデータを集め続けていく
日本初のMRIによる「脳ドック」開始(1988年)や、脳卒中データバンクの構築(1999年)。脳卒中医療の発展に貢献したとして、今年、「2016年度美原賞」を受賞した小林祥泰・小林病院理事長。「予防」に注力してきた約35年の活動と、これからの取り組みについてを語ってもらった。
◎脳を診る時代へ
1975年に国立島根医科大学(現:島根大学医学部)が開学。
深瀬政市・初代学長の提唱で、1974年、財団法人島根難病研究所(現:公益財団法人ヘルスサイエンスセンター島根)が設立されました。
私は1980年、北里大学から、第3内科講師として島根医科大学附属病院(現: 島根大学医学部附属病院)に赴任。まだ認知症という言葉もなく、高齢者医療への関心も低かった時代です。
深瀬学長は「これからは高齢者が増える。もっと脳の診察が重要な時代がくる」と考え、脳の血流を計測するコンピューターを研究所に導入しました。
私は北里大学神経内科で、脳卒中を専門にしていました。
その経緯もあり、島根難病研究所で脳循環、脳機能に及ぼす社会的環境因子の影響を調べるコホート研究(特定の地域や集団に属する人々を長期間にわたって追跡調査する研究)を担当することになったのです。
ところが、コンピューターを見たことはありま
したが、扱いには慣れていない。たった2日間ほどレクチャーを受けて、すぐに患者さんの検査を始めました。
故障や不具合も多かった。大変でしたが、そのぶん面白い経験でもありましたし、成果も出すことができました。
例えば、社会活動性の高い高齢者と低い高齢者の脳の血流を比較すると、アクティビティーが活発な人ほど脳の働きがいいことが分かりました。
もちろん、活動的な人が元気というのは、一般的な感覚としては当たり前でしょう。それを科学的根拠のあるデータとして証明したのは、初めてのことでした。
◎世界にも例のないプロジェクトを推進
1987年、当時、中国地方では2台目のMRIを島根難病研究所に導入しました。
MRIで検査してみると、健常高齢者の約30%に「隠れ脳梗塞」が発見されました。解剖時に無症候性脳梗塞が見られるケースがあることは知っていましたが、こんなに多いとは、驚くべき事実でした。
脳梗塞は突然起こるわけではない。早期に発見できれば予防できるのではないか--。この発想が、1988年、日本初のMRIによる「脳ドック」施設の開設につながったのです。
1998年、私は厚生省(現:厚生労働省)による「健康21」政策諮問委員会の委員に任命されました。
脳卒中の大規模な臨床データがなく、エビデンスがほとんど得られていなかったことから、私はコンピューターによる脳卒中データベース構築を提案しようと考えました。
そこで、厚生省にコンピューターとプロジェクトターを持ち込んでプレゼンテーションしたのです。1999年、厚生省の研究事業として、日本で初めてのコンピューターによる脳卒中データベースを開発しました。世界的にも例のないプロジェクトです。
2013年には、データの集積は10万例を超えました。脳梗塞は夏に多くて、脳出血は冬に多い。そうした傾向も、このデータベースの解析で明らかになったことです。
2015年、データベースの運営を国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)に移管しました。 移管によって、さらに大規模な脳卒中データベースへと発展していくことになります。国としても、脳卒中対策の政策に生かすための検討を始めているようです。
◎耕雲堂小林病院の歴史
小林病院の歴史は1712(正徳2)年に始まりました。初代・小林友仙が医業を始め、5代目の文慶は、華岡青洲が開いた医塾「春林軒」に入門していたそうです。
法人名の「耕雲堂」は、曹洞宗の開祖である道元禅師が残した「山居の偈(げ)」の中の一句が由来です。文慶が時々訪れていた菅茶山の漢学塾で、元塾頭の頼山陽に揮毫(きごう)してもらったそうです。
私は小林家の11代目にあたります。私の父である10代・文慶が、小林病院を内科病院にしました。父の死後は、大学にいた私の代わりに、妻で医師の香子が病院長に就任。17年間、頑張ってくれています。この6月には、12代目である息子の祥也が副院長に就任しました。
当院は、神経内科、消化器内科を中心にした総合内科外来と、療養型病床48床を持つ病院です。急性期の治療後も医療度が高い患者さんや、慢性期の患者さんを引き受けています。
「キュアからケアへ」という流れの中で、引き続き慢性期の役割を担いつつ、人間ドックも充実させ、予防医療や健康寿命の延伸に力を入れていきたいと思っています。
◎脳のネットワークを鍛えるには
脳は、脳後半部のさまざまな情報を、司令塔である前頭葉で整理します。
いま、このネットワークのバランスや結びつきが注目されています。例えば、これまでうつだと診断されていたアパシー(無関心)は、脳のネットワークの問題で起こることが、近年の臨床研究で証明されました。
このネットワークをどう鍛えていくかが、高齢者の健康、特に認知症予防のキーワードだろうと思います。
社会的な活動性が脳の健康と関係していることは、これまでの私の研究でも実証済みです。では、何をやったら脳にいいのか。社会的活動には、さまざまなものがあるわけです。ボランティア活動をはじめ、ゴルフ、飲み会...。
どんなことでもいいのです。社会的な活動の内容をデータベース化できれば、面白いことが導き出されるのではないかと思っています。
スマートウオッチやスマートフォンを使えば、簡単にデータを収集できる時代になりました。
いま、定められた歩数を歩くと保険料が安くなるサービスや、市町村による健康マイレージ制度などがあるでしょう。
国も、いずれ健康づくりに励んだ人にインセンティブを与えるといった、大がかりな仕組みをつくるのではないかと思うのです。そのときに指標として使える、科学的根拠のあるデータ構築を目指せればと思っています。
また、米国で広まっている高齢者のケア付き居住コミュニティー「CCRC(Continuing Care RetirementCommunity)」の当地域での実現にも関心があります。
高齢者が集まる建物を用意すればいいわけではありません。例えば、それぞれが好きなこと、得意なことを持ち寄って、人前で何かを発表する。集団でのかかわりの中で、脳の活動性を維持することが大切です。
他の医療機関や企業などとも連携しながら、何ができるのかを考えていきたいと思います。
医療法人社団 耕雲堂 小林病院
島根県出雲市今市町510
TEL:0853-21-5230
http://kouundou-kobayashi-hp.homepagine.com/