早期介入の必要性を見極めることが重要
◎三つの診断ポイント
さまざまな種類の薬の飲みすぎや、糖尿病患者さんなら血糖値の変動によって、しばしば「認知症っぽい」症状になることがあります。
認知症は早期であればあるほど変化が少なく、自覚もほとんどありませんので、診断が難しい。専門医であっても判断を誤る可能性があります。
服用している薬を見直すだけで症状が改善される人もいるのです。アルツハイマー病と診断されて服用する薬が増えると、ますます症状の悪化につながりかねません。
一般的に、認知症の診断には三つのポイントがあります。最も重要なのが病歴聴取です。
認知症の6割以上を占めると言われるアルツハイマー病の場合、半年から1年の期間で認知機能の低下が目立つようになります。若いころによくある物忘れなどとは、明らかに異なります。
日付が分からない、迷子になる、お金の管理ができない...。こうした認知症に特徴的な症状を把握することが大切です。
ただし、前頭側頭型認知症ですと、精神症状や人格的な変化が大きくなり、認知機能の低下が目立たないケースもあります。
本人に聴取しても「大して気にしていない」「覚えていない」と正確に答えられないことが多いですから、家族や周囲にいる人の情報が不可欠です。
次に、長谷川式やMMSE(Mini Mental StateExamination)を用いたテストを実施します。
30点満点で、20点以下なら認知症が疑われます。ただし、この結果もあくまで参考です。20点でも認知症ではない人もいますし、30点近くても、経過からすると認知症だと思われる人もいます。
三つ目が画像検査。MRIやCTなどを使って脳の状態を調べます。
これらを総合的に判断して鑑別するわけです。そこで薬を使うなどして医療介入すべきか、しばらく経過を観察するべきかを判断します。
認知症は、進行性であるかどうかが定義の一つです。半年から1年後の再評価で、進行が確認されれば認知症と診断します。正しく評価するために、現時点での症状を見極めておくことが大切です。
◎認知症との共存を探る
認知症は根本的な治療法がまだありませんので、生活指導が主体です。
アルツハイマー病の進行を遅らせる薬はありますが、予備群であるMCI(軽度認知障害)の段階で薬を使用したからといって、予防や治療につながるという科学的根拠はまだありません。
目標とするところは、いかに本人や周囲がストレスを感じず、認知症と共存するか。早期介入が必要かどうかは、患者さんの状況しだいで決めていくことになります。
例えば、お孫さんたちに囲まれて、日々を平穏に暮らしている人に介入することが、本当に必要かどうか。
早期の介入が必要なのは、特に一人暮らしの高齢者のケースです。ボヤ騒ぎを起こしたり、行方不明になったりといったリスクが高い。
また、高齢者の二人暮らしで、両者とも認知症になっているケースもよくみられます。
その意味では早期診断、早期介入が重要です。しかし一方では、診断に急を要しない人で外来枠が埋まり、早急に対応が必要な人に手が届かなくなるおそれもあります。
認知症の疑いがある方の運転免許証のための受診が議論になっているのは、このような問題を生む危険性があるからです。現状でも、各地の認知症疾患医療センターでは受診まで1カ月ほどを要します。
さらに2カ月、3カ月と待つことになれば、その間に状態が悪化するかもしれません。
標準化されたテストなどによる認知症のデータの多くは、70代までのものです。
平均年齢が上がり、80代、90代の患者さんが増加する現代では、老化と認知症の区切りがまだ定まっていないとも言えます。
人類は未踏の地を進んでいます。現在の認知症は、70代までの概念。現実には80代の患者さんが中心となってきていますから、認知症に対する考え方を見直していくことが必要だろうと思います。
◎今後のリスクは
精神障害が強い状態にあったり、徘徊(はいかい)したりといった患者さんは、問題行動が多いが、実はまだ神経細胞が残っています。ですから研究は、認知症中期までの治療法の確立を目指すことになります。
アルツハイマー病の主因と目されていたアミロイドβを掃除しても、症状が進んでしまった神経細胞の時計の針は元に戻らないということが分かっています。
アミロイドβの掃除と別の観点からの方策としては、脳のエネルギー代謝の改善にカギがあるのではないかと考えています。
「脳の糖尿病的な状態」というのがアルツハイマー病による認知機能低下の大きな機序の一つだとすれば、それを改善することが認知機能改善につながる可能性があります。
最近のアメリカの疫学調査の中には、「高齢者の認知症は減っている」という報告もあります。啓発が進み、生活習慣が改善されることで認知症の発症率が下がったのかもしれません。
日本での「認知症はどんどん増えている」という感覚は、高齢者の数が増加しているからです。実数は増えているものの、同時に予防の取り組みなども広がっていますから、相対的なリスクは下げることができるのではないかというのが私の意見です。
1997年に「老年医学講座」として開設した当科は、現在「老年・神経・総合診療内科学講座」として、幅広い領域をカバーしています。
当科スタッフの多くは神経内科専門医ですが、さらに老年病専門医、認知症専門医、脳卒中専門医など、複数の専門医を持つ人が多いのが伝統です。
80歳以上の人口が1000万人を超えているいま、老年科の役割は総合診療科に近いものです。
私の専門は神経内科ですが、神経疾患を診る際にも、循環器や呼吸器に強いドクターの支援など、総合診療的な目で対応する必要性が高まっていると感じています。
抗加齢・予防医療センター長の伊賀瀬道也特任教授は動脈硬化性疾患、外来医長の越智博文講師は免疫性神経疾患、病棟医長の越智雅之特任講師はサルコペニアなど、当教室は各自の興味に応じて自由に研究を進めているのが特色です。
それぞれの取り組みを深め、ときには連携しながら、現代の医療に対応したいと思っています。
愛媛大学大学院医学系研究科 老年・神経・総合診療内科学講座
愛媛県東温市志津川
TEL:089-964-5111(代表)
http://www.m.ehime-u.ac.jp/school/geriatric/