昨今、高齢者や認知症の人に関連する事件、事故の報道が多く見られる。介護事故をめぐる紛争も年々増加しているという。
「福祉の弁護士」と呼ばれ、福祉施設の弁護や、医療福祉職の研修の講師も務めるなど幅広く活動する篠木潔弁護士(福岡市)に話を聞いた。
Q:介護事故が増加している。
篠木弁護士 介護事故は医療事故と隣り合わせだが、少し性質が違い、動作的なもの、物理的なものが中心。第1位は転倒、転落などによる骨折などで、総件数の8割程度。死亡にはいたらないが、リスクマネジメントが重要だ。
Q:介護関連の紛争も増えているのか。
当事務所では増加している。その背景にはいくつかの理由が考えられる。
まず、高齢化によって介護の対象者が増えていること。次に、インターネットなどで、裁判事例の情報などが一般の人でも簡単に得られること。さらに、利用者家族の権利意識も高まっているため、訴えを起こす人が増加しているのだろう。
別の側面で言うと、弁護士も増加しているため、裁判費用も安くなっている。また、法テラス(日本司法支援センター)が周知され、司法へのアクセスが容易になったということだ。
介護側と家族との信頼関係を結ぶことが難しくなっていることも、理由として考えられるが、実際には、裁判を起こすのは介護をしている家族ではなく、遠方の親族ということも多々ある。親族同士が疎遠になり、家族間のコミュニケーションが不足しているというのも原因だろう。
Q:リスクマネジメントで重要なことは。
人材不足は介護業界の最大の問題点だろう。長時間労働、人手不足などの理由で人材が定着しないため、せっかく得られた介護技術、ノウハウが継承されず、事故につながりかねない。
一見、労務問題のようだが、人材の定着は、介護事故を減らすことにつながる。風通しのいい職場は、職員もやりがいを感じ、事故も少ない。
また、職場でのストレスは、離職、介護事故、虐待、労務トラブルにつながりやすいので、職場全体のストレスマネジメントも重要だ。
Q:さまざまな紛争に関わる中で気になることは。
問題やクレームが起こった初期段階での介護事業所側の対応の悪さを感じる。
過失があったのか、あったのであれば、その程度はどのぐらいなのかを見極めなければならないが、初期対応が遅く、内部調査もずさん。不完全なものを出せば、後で結果を変えるのは難しく、信頼関係の悪化につながりかねない。
また、適切なクレーム対応や接客ができていないケースで紛争が起きている。そこにも裁判を回避できるポイントがあるのだが、それを重視していない。
Q:回避策は。
第一は事業所の体質改善。事業者の意識を利用者の目線に転換するべきだ。
また、第一線の介護職員を含めたクレーム対応研修も必要。管理職は研修を受けたことがあるが現場はないというところも多い。
利用者との日ごろの信頼関係づくりも大切だ。
実際、人が亡くなっても訴訟にならないところも少なくない。
やるべきことをきちんとやっておけば、裁判でも負けない。法的な観点からの現場対応など、研修は大切だ。現場での申し送りには必要ないと思われる情報でも、法律家の視点で見れば記載しておいたほうがよい大事な情報もある。記録のとり方ひとつでも裁判に大きく影響する。
Q:家族側に感じることは。
問題が起きた場合、すべて病院、施設側に責任があると勘違いしている人が多いが、やるべきことをやっていれば責任はない。
ネットの情報をうのみにして、事案が違うケースにも関わらず、結果だけ見て「いくらもらえる」と訴える人もいる。残念ながら、相談者が情報を正確に分析できていない。訴訟になる前に事業者がどれだけ説明できるのかが重要だ。
Q:クレーム対応のアドバイスは。
クレーム対応にも「どのように対応するか」という実体論と、「どのような態度などで対応するか」という手段論がある。特に、後者の習得を急ぐべきだ。クレーム対応のスキルの重要性を認識してほしい。
おわびの仕方にしても、印象に残る頭の下げ方がある。初めはじっくり傾聴することも大切だ。気持ちが落ち着けば相手も、聞く耳を持つ。
何か起こった時に、事業者側、医療者側が正しい対応をすれば関係性の建て直しが期待できる。その点では、医療者は、利用者のことをよりよく知るケアマネジャーなどに学ぶことは多いのではないか。
「法的に負けない」ことにだけ目を向けるのではなく、良い関係を築き、続けていくために、医療や福祉以外の知識に目を向けることも、欠かせない。
介護事故の主な種類
順位 | 内容 | 割合 | 備考 |
---|---|---|---|
第1位 | 転倒、転落、移乗の失敗などによる骨折、擦り傷などの外傷(歩行介助、入浴介助、車椅子などへの移乗の時) | 約8割 | 死亡事故全体の約1割 |
第2位 | 誤嚥(えん)や窒息、脱水症状(食事や水分補給の介助時) | 約1割 | 死亡事故全体の約4割 |
その他
① 風呂で溺れる、やけどを負う(入浴介助)
② 食中毒(調理)
③ 服薬漏れによる不調、体調急変の発見の遅れ ( 服薬介助、見守り)
④徘徊(見守り、外出介助)
⑤感染症(訪問入浴)
⑥異食 など。
※上記の類型の介護事故で、結果が重篤な場合は 裁判になりやすい。