町は大きなホスピタル
◎むしろハッパを掛けられる
グーグルマップの航空写真で見ると、当院の四方は緑一色。山に囲まれたロケーションであることが、よく分かります。
周囲は自然ばかりですが、山の中にあっても、正確に診断し、確実に治療できる病院でありたいと思っています。
最新の医療機器がそろっているわけではありませんし、職員の数も多くはない。でも、この素晴らしい景色や、丁寧でやさしい対応なら、大きな病院にも絶対に負けないと思うのです。
当院のすぐそばをJR伯備線が走り、寝台特急列車「サンライズ出雲」(東京│出雲)も運行します。私たちが「展望食堂」と呼んでいる院内のレストランから、緑あふれる自然や、行き交う列車を眺めることができます。
最寄り駅は岡山県と山陰地方を結ぶ特急「やくも」が停車する「生山」駅で、一駅隣の「上石見」を過ぎれば、岡山県に入ります。
やくもに乗ると、鳥取県と岡山県の県境に差しかかるタイミングで「分水嶺(れい)」の車内アナウンスを聞くことができます。
日本海へ向かっていた川の流れが、分水嶺を越えると瀬戸内海に向かうのです。
日野郡日南町は医療機関が少なく、近年、医師の高齢化や病気などの理由で診療所の閉鎖も続きました。立地的な意味でも、当院は地域医療を守る分水嶺と言えるかもしれません。
ただ、役割を問われればそう答えますが、いつも「私たちが最後の砦(とりで)」などと考えて働いているわけでもありません。私たちにとっては、これが日常なのですから。
日南町も、人口減や高齢化による地域医療の崩壊と関連付けて語られることがあります。
でも、私の実感としては、そんなにひどく疲弊しているわけではない。確かに人口は減っていますが、元気な子どもや、真っ黒に日焼けしたお年寄りであふれています。
むしろ、私たちがおじいさんやおばあさんから「元気を出せ」とハッパを掛けられるほどです。
◎原点は「出掛ける医療」
当院は内科、外科、小児科、眼科、耳鼻咽喉科、整形外科、皮膚科の7科体制。
「住み慣れた町で最後まで暮らしたい」と願う地域住民の要望に応えるべく、以前から在宅医療に力を入れています。隣接する健康福祉センターなど、行政と一体となって地域包括ケアの確立を目指しています。
20年ほど前から「町は大きなホスピタル」というキャッチフレーズを使っています。
原点は、日南町名誉町民でもある安東良博元院長(在任1982│1993)が提唱した「出掛ける医療」です。
いわば、道路を病院の「廊下」、患者さんの自宅を「病室」に見立て、町全体を一つの病院としてとらえようというものです。軽い病気なら自宅で診る。悪化したら病院に来てもらって、治ったらまた自宅に戻っていただく。そんな医療を推進してきたわけです。
この方針を安東先生から受け継いだのが、前院長の高見徹名誉院長です。日本医師会による第4回「日本医師会赤ひげ大賞」の受賞者でもあります。
早期に診療して、できるだけ早く自宅復帰を目指すという当院の基本姿勢は、国が目指す地域包括ケアシステムと重なっています。
ですから、改めてこれから何かを始めるという意識もありません。私たちにとっては当たり前に取り組んできたことですから、引き続き、当院の体制を充実させていきたいと思っています。
◎医療を若者の選択肢に
町が抱える課題としては、やはりマンパワーでしょう。支えなければならない人に比べて、支える人が少ないのが現実です。ここから2kmほど離れた特別養護老人ホームでも、継続的に職員を募集しています。
鳥取県の医師数は、人口10万人あたりの全国平均値を上回っています。しかし、都心部以外にも資源が行き届いているかというと、他の地方と同じように、日南町もそうではないということです。
ただ、当院で働いている職員たちも地域の人も、自分たちにできることを前向きに考えています。
定年や家庭の事情などを除けば、私が知る限り、マイナスの理由で日南病院を退職する人はいません。
仕事ですから、少々つらいことだってあると思いますが、それをみんなが助け合って、吸収できる環境があるのではないかと思います。
毎週月曜日の午後5時15分から、在宅支援会議を開いています。医師、看護師、理学療法士、ケアマネジャー、介護ヘルパー、保健師、社会福祉士などが集まり、1時間ほど話し合いをしています。
地域にサポートが必要な人がいるが、どうしたらいいか。ある患者さんが退院して自宅に帰るから、こんなところに気を付けてほしい。
情報共有や相談のための会を、高見前院長の時代から15年ほど続けています。地域を支えるメンバーが、互いに顔の見える関係をつくることで、住民に切れ目のない支援を提供できると考えています。
毎年、日南中学校の2年生の職場体験実習を受け入れています。
昨年の実習の最後に、生徒たちと話す機会がありました。医療現場の感想を尋ねてみると、「興味はある」という答えでした。
もちろん、まだ将来の道を決めるには早いと思いますが、選択肢の中に医療従事者を置いてもらえるのはいいことだなと感じています。このような場がなければ、素通りしてしまうでしょう。
実習に来た生徒の中のほんの何人かでも、将来、医療従事者として日南町に残ってもらえたらと願っています。
◎この町らしい働きやすさを
ある病院を見学した際に、地域のボランティアの方が院内外にいて、患者さんを迎えて案内したり、車いすを押したりしていました。
当院でもそのような取り組みができれば、もっと受診しやすくなるのではないかと思います。新しいアイデアを取り入れて、よりよい病院づくりを探りたいと思います。
職員の多くはこの地域の出身者。親戚だったり、同級生だったりと、みんながつながりあっています。
その意味では、日南町では誰もが仕事とプライベートがクロスしている日常を送っています。この地域に合った、モチベーションを高める方法を見つけなければなりません。
「玄関を入った瞬間に心から安心できる」病院にしていくためにも、すべての職員が「日南病院を大好きになってもらいたい」と思える職場を目指したいと思います。
日南町国民健康保険 日南病院
鳥取県日野郡日南町生山511-7
TEL:0859-82-1235(代表)
http://nichinan-hospital.jp/