「みなさんも毎日聴診器を使い、患者さんのこころの叫びを聴いてください」。満留昭久氏が最終講義で学生に向けて伝えた言葉だ。
本書「こころをつなぐ小児医療」は、小児医療に携わる医師はもちろん、すべての診療科の医師に、そして子どもの心に寄り添うべく日々奮闘している医療従事者や何より子育てに迷う親にとって、道しるべのような1冊になるだろう。
作者の満留昭久氏は、九州大学と福岡大学の医学部で、40年余りにわたり診療、教育、研究に力を注いだ医師だ。長い医師生活のなかで、福岡大学小児科医局だよりに、7年間にわたって連載したコラムが、本書の中心になっている。
「医療従事者に伝えたい私の失敗や経験、患者さんやその親御さんへの思いなどをつづった」という言葉通り、患者である子どもたちとの交流から得た貴重な経験が、筆者の繊細なまなざしを通して描かれる。
幼稚園の年長の時から診ていた「ミトコンドリア・ミオパチー」という難病のA子ちゃん。有効な治療ができず、17歳の若さで亡くなる。「私が死んだら脳はやるけん、しっかり調べてよ」。生前の言葉を思い出し、解剖台に横たわるA子ちゃんを前に涙をこらえる筆者。胸に迫るエピソードのひとつだ。
障害がある子どもを診ることの多かった筆者。「親も小児科医の私も、障害を持った子どもに兄や妹がいることを忘れていることがあります」と、寂しい思いをしているその"きょうだい"にも目を向ける。
筆者が子どもを子ども扱いせず、常に一人の患者として向き合い、自らも常に謙虚に学ぼうとする姿勢が一貫して伝わってくる。
満留氏は、2006年に、NPO法人「子どもの村福岡を設立する会」の理事長に就任。家族と暮らすことができない子どもが里親たちと暮らす「子どもの村」(福岡市西区)開村にも尽力した。
実は、短い間だが、満留氏と仕事をさせていただく機会があった。いつも穏やかな笑顔を絶やさなかった氏が亡くなって2年あまりが過ぎた。
氏の口癖は「教育はパッションです」。その思いは多くの医療従事者に、そして読者のこころにも届くはずだ。(原)