鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科神経病学講座 神経内科・老年病学教室 髙嶋 博 教授

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徹底的に突き詰めて原因を解き明かす

【たかしま・ひろし】 大阪府立茨木高校卒業 1990 鹿児島大学医学部卒業  鹿児島大学第三内科入局 1997 鹿児島大学大学院博士課程修了 2000 米国ベイラー医科大学分子人類遺伝学教室 2003 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経病学講座助手 2010 同教授

 HAM(HTLV│1関連脊髄症)の発見をはじめ、新たな医学の扉を開き続けてきた鹿児島大学神経内科・老年病学教室。「原因究明」への情熱は、髙嶋博教授にも受け継がれている。

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◎未知の原因遺伝子

 指定難病であるシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)の研究を20数年間、続けています。

 1992年、国立療養所沖縄病院(現: 国立病院機構沖縄病院)へ赴任した際、筋ジストロフィーや遺伝性ニューロパチーの患者さんの診療に携わったことが、遺伝子研究に踏み出したきっかけでした。

 CMTは末梢神経の異常が引き起こす病気で、遺伝性の進行性神経疾患です。四肢の感覚と運動機能が徐々に奪われ、手足がやせ細り、歩行が困難となります。

 発症年齢は子どもから高齢者まで幅広く、重症化すると嚥下(えんげ)障害や呼吸筋まひにより、人工呼吸器が必要になるケースも見られます。

 米国の疫学調査によると、2500人に1人の割合で発症すると言われています。 末梢神経の障害部位(髄鞘か軸索か)、遺伝形式(常染色体優性遺伝型、常染色体劣性遺伝型、X染色体性遺伝)など、CMTはいくつかのタイプに分類されます。これまでに70以上の原因遺伝子が同定されていますが、遺伝子異常が発見されるのは半数以下。つまり、未知の原因遺伝子があると考えられていました。

 2007年から約9年間かけて、私たちは全国の医療機関からCMTを発症した患者さんのDNAを収集。1000例以上のDNAを対象に、まずは既存の原因遺伝子の解析を始めました。

 遺伝子異常が見つかったのは38%で、特に常染色体劣性遺伝型に限ると22%。半数以上の既知の遺伝子には異常が発見できませんでした。

◎新たな解析手法

 次に、原因遺伝子が同定できない患者さん400例を対象に、次世代ゲノムシークエンサー(※)を用いたエクソーム解析に取り組みました。

 ヒトの遺伝子は約23,000個あると言われており、A、C、G、Tの配列が30億塩基対。そのうち1.2%ほどが、タンパク質に翻訳(生合成)されるエクソンという領域です。

 全ゲノムのうちのわずか1.2%とはいえ、タンパク質に翻訳される部分ですから、非常に重要な機能を持っています。実は遺伝性疾患の多くが、このエクソン領域の変異によって引き起こされると推定されます。

 患者さんのDNAをバラバラにして、砂鉄が磁石に付着するように、エクソンだけを集めて読む仕組みがエクソーム解析です。東京大学医学部附属病院神経内科の辻省次教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の森下真一教授のバックアップを受けて、解析を進めました。

 遺伝子の配列を決めるのは機械さえあれば可能です。重要なのは、それをどう解析するか。当教室の神経内科リーダーである樋口雄二郎医師が、膨大な量のデータから効率的に原因遺伝子を見つけ出すための解析プログラムを開発。複数の常染色体劣性遺伝型の患者さんに共通して、MME遺伝子の異常が認められました。

 常染色体劣性遺伝型としては、現時点では最も頻度が高い原因遺伝子です。2016年4月、研究成果を発表しました。

※従来のDNA配列解析装置に比べて低コストで迅速な解析が可能。数億から兆単位の遺伝子配列を数時間から数日で決定できる

◎治療も視野に

 MME遺伝子はネプリライシンというタンパク質を作ります。もともと、非常に注目されていたものです。

 というのも、ネプリライシンはアルツハイマー病の発症に関わるアミロイドβを分解する主要酵素なのです。中枢神経系に豊富に発現することが知られていて、加齢とともに脳内のネプリライシンが減少することで、アルツハイマー病になると推測されていました。

 実際、以前からアルツハイマー病の治療薬として研究開発が進められており、遺伝子治療用ベクターも完成しています。ネプリライシンを増やせばアミロイドβを分解して、アルツハイマー病の予防につながるのではないかというわけです。

 今回の研究により、ネプリライシンは中枢神経系だけでなく、末梢神経にも豊富に発現していることが明らかになりました。

 一般的にCMTは幼少期に発症することが多いのですが、解析の対象となった患者さんは、発症年齢が30代から50代。発症まではスポーツを楽しむなど、普通の生活を送っていた方ばかりです。

 それがある時期を境に筋萎縮が激しくなり、早ければ数年の間に歩けなくなってしまう。

 問題は、例えば50歳で発症すると、原因の特定が難しいということです。糖尿病やALS(筋萎縮性側索硬化症)、あるいは免疫の炎症でも似た症状が現れます。神経疾患の原因は数が多く、調べ続けなければならないことも珍しくありません。

 MME遺伝子の発見は診断率の向上につながっています。治療法の開発はまだ研究段階ですが、すでにアルツハイマー病の治療薬として、さまざまな知見が蓄積されていますから、近いところにあると考えていいと思います。

◎突き詰めて考える

 遺伝子の病気であろうと、免疫の病気であろうと、一人一人の疾患の原因を徹底的に突き詰めて解き明かす。それが当教室の基本的な考えです。

 2015年に、私たちは世界で初めて、古細菌の感染による脳脊髄炎を発見しました。それまでは、古細菌が疾患の原因であるとの認識はありませんでした。

 医局員にもよく話していますが、これまでに出合ったことがない新しい病気は「ある」に決まっています。無理に既存の病気に当てはめようとするから、間違った診断をしてしまう。既存の病気と違うのなら、その事実を受け止めて、治療法の発見にトライすべきだと思うのです。

 とりわけ難病の領域は患者さんの数も少ないですから、エビデンスなどにこだわっていても発展は望めません。個々の患者さんの病態を掘り下げて、理解を深めていくしかないのです。

 古細菌による感染症の発見についても、難しくはありませんでした。研究を突き詰めていけば、いずれ発見できると確信していましたから。発見できるかできないかの差は、そこまでやる意志があるかどうか。その違いです。

◎最後に残った人たち

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 昨年8月、当教室の初代教授で、鹿児島大学学長を務められた井形昭弘先生が逝去されました。

 追悼文集で高知大学神経内科の古谷博和教授が、井形先生が残された印象的な発言をまとめてくださっています。

 「患者さんの訴えた症状は、どんな突拍子もないものであっても『ある』と考えて対応しなさい」「教科書に載っている知識というのはすでに過去のもので、解明されマニュアル化されているものにすぎません」「難病という病気はありません。どんな疾患でも原因はあります」...。

 また、「1例変わった症例を診たときには、その所見をきちんと記録しておきなさい。2例同じような変わった症例を診たときには、ただ事ではないと思いなさい。3例同じような変わった症例を診たときには、それらの症例に共通する背景を徹底的にさがしなさい」ともおっしゃっています。

 これは、まさに古細菌の研究そのものです。2例目を見たときに古細菌ではないかと思い、3例目で原因が脳にあると決めて、遺伝子解析の準備を整えました。

 私自身は、これらの井形先生の言葉を追悼文集で初めて読みましたから、偶然にも井形先生の教えを実践していたことになります。

 2代目教授で元鹿児島大学病院長の納光弘先生に受け継がれ、しっかりと私にも刷り込まれているということでしょう。

 今、力を入れている取り組みの一つに、日本神経治療学会などで提示した「自己免疫性脳症の新しい神経診察法の提案」があります。

 例えば自己免疫性脳症の橋本脳症は、小脳失調、認知症、意識障害など、分かりやすい症状を呈します。ただし軽いしびれや脱力など、ごくありふれた症状もみられるため、軽症例の診断には熟練を要します。

 そのため、軽度の自己免疫性脳症は、身体表現性障害や慢性疲労症候群といった心因性疾患と診断されることも少なくありません。本来なら免疫治療で治せる疾患が、診断すらされないという状況があるのです。

 ぜんそくを肺の病気として扱わず、精神科が診断していた時代がありました。歴史を振り返れば、精神医学と神経学は同じ領域だったのです。

 しだいに機器の進化などによって疾患の原因が解明され、一つずつ分類されていきました。

 そうして最後に残っている人たちが、例えば自己免疫性脳症の患者さんたちというわけです。私たちはこの5年間で100人以上の自己免疫性脳症の患者さんを治療しています。心因性とされる症状を起こす患者さんの中に、心のストレスが原因となっている方は、ほぼいませんでした。

 同じような症状に見えても、原因は本当に多様です。正しく診断されず、病院を放浪している患者さんは世界中にいます。

 私たちは、難病の治療だけを目指して研究しているわけではありません。目の前にいる患者さん一人一人の疾患の原因と治療法を、日々、広い視野で追求するだけなのです。

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 神経病学講座 神経内科・老年病学教室
鹿児島市桜ケ丘8-35-1
TEL:099-275-5111(代表)
http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~intmed3/


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