乳がん術後の乳房を美しくがん治療と整容性を両立
鹿児島大学医学部消化器・乳腺甲状腺外科の喜島祐子講師は、整容性も考慮した乳がん手術のエキスパート。特に、乳がんの根治性と乳房の整容性の両立を目指す「オンコプラスティックサージャリー」に力を注ぐ。
―「オンコプラスティックサージャリー」とは。
がんの切除と乳房の形成手術を同時にすることを言い、形成や再建の材料には依拠しません。
①乳房を全摘して「ティッシュ・エキスパンダー(組織拡張器)」を入れる。②部分切除し、自家組織で、もとの乳房と同じ形に整える。③部分切除して、その乳房を新たな形に形成し、同時に対側の健康な乳房も新しい形に合わせる。いずれもオンコプラスティックサージャリーです。
①の場合は、私たちが乳房全摘と同時に器具を入れ、その後は形成外科の先生に紹介し、インプラントを入れる手術をしていただいています。特に力を入れているのは②と③です。
―注力するようになった経緯は。
国内では1990年代、早期の乳がんの標準術式として、乳房部分切除が広がってきました。私の入局が93年。当時の教室は、乳房部分切除を導入したばかりでした。
入局から何年か経ち、外来で部分切除をした患者さんにお会いするようになると、がんは取り切れているけれど、乳房が変形していたり、左右の乳首の向きや高さが違ったりしているケースをたびたびお見掛けするようになりました。
同じころ、乳房を全摘して、再発なく外来にお見えになっている患者さんが「女性の外見を目指す男性でも乳房が作れるのに、なぜ自分は作れないのかと思うことがあります」とおっしゃいました。
そのような経験から、温存した乳房をきれいに形成できる方法はないかと教科書や論文、学会の再建や形成のセッションなどで学ぶようになったのです。2000年ごろのことでした。
がん治療の外科的手技は、外科の代々の教授や先輩方から教えていただき、安全に取り残しなくできるように。しかし、形成的な手技を習得するのには限界がありました。
そこで、とても美しい乳房を形成される酒井成身先生(当時: 聖マリアンナ医科大学病院横浜市西部病院形成外科)のもとへ、半年間、国内留学させていただくことにしたのです。短期間でしたが、凝縮して多くのことを勉強することができました。
―形成外科で学び、役立ったことは。
一つ目はデザインの大切さ。どこを何センチ切って、どこまで皮膚を剥離して...というデザインを、手術日より前に、患者さんと話をしながら、体に直接描きます。
二つ目は、そのデザインを記録すること。写真に撮り、手術場に持ち込んで、仕上がりをイメージしつつ執刀します。手術時、患者さんは横になっていて、胸が横に流れたり、平らになったりしている。起き上がった時の胸のふくらみを想定することが重要です。
三つ目は、きれいな仕上がりのための技術です。皮膚を大切に扱うこと、きれいな傷口にするためのメスを入れる角度などを教えていただきました。
―留学後は大きな変化があったのでしょうか。
鹿児島に戻ったのが2003年10月。患者さん本人の皮膚の厚みや脂肪の状態といったがん以外の要素もしっかりと把握する、オーダーメードの治療へとかじを切りました。
目指したのは、がんを切除した後の乳房を、切除前と同じ形にすること。1年余り経つと、胸があまり大きくない日本人女性の乳房部分切除と形成には、手応えを感じられるようになっていました。
一方、乳房が大きな人や、年齢を重ねて胸が下垂した人に対しては、手術前と同じ形にするのが難しかった。そこで、90年代以降、欧米で増えてきていた乳房縮小術の手技と乳がん切除を組み合わせた治療を、導入できないかと思うようになったのです。
海外へ手術見学に行くなどして勉強を重ね、乳房縮小術の要素を取り入れた手術を初めて実施したのは2006年。以降、約70人の患者さんをこの方法で治療してきました。
美容的な側面が強い、乳がんがない対側の乳房の手術も、大学の倫理委員会を通して、経過や術中状況の論文掲載などを承諾いただく「研究」として、患者さんの経済的負担なくできています。
―数々の挑戦ができた理由は。
「信念」です。外科医だけれど、きれいな手術をしたい。「今やらなきゃ、いつやるのか」という気持ちもありました。
環境にも恵まれていました。乳房縮小術の手技の導入にしても、「日本人ではどうなるのだろう」と思っていた医師はほかにもいたと思います。私は上司からOKを出してもらえる環境だったということです。
同時に「やるならきちんと結果を出しなさい。形にしなさい」と求められてもいました。結果的に、「日本人女性にも導入できる手技だった」と論文や発表で発信することができましたが、うまくいかなかったとしても、「日本人女性には向かない方法だった」と論文を書いていたと思います。
―オンコプラスティックサージャリーの利点は。
患者さんが、乳房を失ったという喪失感なく、がん治療と形成を終えられます。これまで執刀した患者さんの術後の乳房写真を集め、術前の患者さんに「術後はこういう感じになります」とお見せするようにしています。術後の状態をイメージしやすくなることから術前の患者さんの不安を軽減できるのではないかと思います。
がんと診断されたばかりの時期に「こんな風になるのならこの手術を受けます」という言葉が患者さんから出るのは、うれしいことです。術後、ガーゼを外した時に、「想像通り」「思ったよりきれい」と言っていただくことも多々あります。
私たちの大学病院には、心臓病や糖尿病、精神疾患などが併存する乳がんの患者さんが多くお越しになります。中には、温存や再建を希望されない方もかなりの割合でいるのです。みんながみんな、同じことを望むわけではない。だからこそ、がんと診断された患者さんの気持ちに歩み寄り、希望を聞きながら、私たちが提示できる治療をお伝えすることが重要だと思っています。
鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 腫瘍学講座
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