次の時代は着々と近づいている
島しょ地域である沖縄には、特有の疾病構造がある。胃がんと食道がんを専門とする西巻正教授が見つめる現状と、その対策とは。
―沖縄に特有の傾向は。
かつて沖縄は長寿県として知られていましたが、男女とも肥満率が全国1位になるなど、その健康状態の悪化は深刻化しています。
長く米軍の統治下にあったためにファストフードが好まれる傾向にありますし、豊かでない時代の食物繊維が中心だった食生活から、生活水準が上がるにつれて高カロリーの食事へとシフトしています。
また、気温が高いですから、なかなか外を歩くという習慣が根付かない。車に乗るのが当たり前で、運動不足になるのです。県の医師会などはその状況に歯止めをかけるための検討を続けていますが、いまだ目に見える改善には至っていません。
本土から経験豊富な外科医の先生を呼んで手術してもらうことがありますが、「沖縄の患者さんは難しい」と言います。特に進行がんなどは顕著で、脂肪が多いことから非常にハードルが高い。私自身も琉球大学に赴任する以前、新潟大学第一外科で数多く執刀してきました。「ちょっとやりにくいな」と感じるような患者さんが、ここでは標準的なケースです。
―先生の専門領域については。
そもそも、沖縄県の疾病構造は本土と大きく異なっています。一つは、胃がんの患者さんがとても少ないこと。私の出身地である新潟県の4分の1ぐらいの印象です。
要因は明らかになっていないのですが、一説にはヘリコバクター・ピロリの毒性が低いのではないかと言われています。
胃がんの患者さんが少ないことが何を意味するかというと、消化器外科医として手術の経験を積む機会が少ないということです。
そこで当科では10年ほど前から、新潟県の二つのハイボリュームセンターに医師を派遣し、手術のクオリティーを十分に高めてから再び戻ってきてもらうというシステムを導入しています。
出向期間中の内視鏡外科学会技術認定の取得も奨励しており、その技術を持ち帰ってもらうことで、沖縄の医療レベルの底上げにつながっているのではないかと思います。
もう一つ、沖縄の特徴として、早期発見される食道がんが少ないという点も挙げられます。かなり進行した段階で医療機関を訪れる上、胃がんと同様に症例数も少なく経験を積めないため、なおさら医師や医療スタッフに負荷がかかるという課題を抱えています。
ハイボリュームセンターでのトレーニングのほか、本土の先生方にお越しいただいて技術指導を受けたり、各地の施設を見学したりといった機会を確保できるよう努めています。
―外科医を志望する学生が減っています。
日本全体としての課題だと感じています。外科は肉体的にも精神的にもタフさが求められ、それが若い人たちのライフスタイルや人生観と合致しないというのは、背景としてあると思います。
沖縄に限らず、地方は慢性的な人手不足に陥っていて、医師たちは診療をこなすことで精一杯です。
余裕がないから、留学をしたり、研究をしたりといったことにも目を向けられなくなってしまうのは残念なことです。
とはいえ、それでも外科医を志望したり、興味を持っていたりする人は一定数いるわけです。アピールの仕方によっては、魅力をちゃんと伝えられるのではないかとも思います。
その意味では新専門医制度も起死回生の一手になりうるかもしれませんし、ぜひそうしていきたいと考えています。
当第一外科は消化器外科、乳腺・内分泌外科、小児外科を主に担当しており、第二外科は心臓血管外科、呼吸器外科の領域を扱っています。
これまでは、それぞれ別の研修システムを有していて、ローテート病院の地域も異なっていました。新制度の施行に伴い、第一外科と第二外科のくくりを外し、一つの外科医養成プログラムを形成します。
多様な専門医への道を用意することで、より多くの学生や卒業生たちに関心を持ってもらえるのではないかと期待しています。
素晴らしい自然や文化に恵まれた沖縄という地理的な強みなどもあわせて発信していきたいですね。準備は最終段階を迎えていて、来年度からスタートできる見込みです。
―これからの医師に期待することは。
琉球大学の医学部は1979年に設置され、1981年から学生の受け入れが始まりました。それ以前は、国費留学として学生たちを本土の各地の病院に振り分け、医師に育てていました。
つまり、彼らには本土医学生のように「母校」がなかったわけです。琉球大学医学部ができて以降も、まだ卒業生が院長や外科部長に就いてはいません。
いずれ、大学出身者が沖縄の医療の中核になるときがきたら、沖縄の医療環境は次の時代の幕を開けるのではないかと思うのです。
その到来に備えて、学生たちには手術の技術だけを磨く「切り屋」ではなく、医学の進歩に少しでも貢献するという思いで感性に磨きをかけてほしいと思います。
せっかくエキサイティングな生き方ができるのですから、どん欲にチャンスをつかんでもらいたいですね。