長崎県における脳血管障害手術の最後の砦
難手術に対して安定した手術成績
―どのような教室ですか。
初代教授である森和夫先生が1972(昭和47)年に長崎大学に着任され、翌年に当教室が開設されました。現在の松尾孝之教授が4代目になります。私は2代目教授の柴田尚武先生の時代の1995年に教室に入局しました。
教室は早くから「可能な限り低侵襲な治療を提供する」ということを目標に掲げてきました。とくに定位放射線治療を中心とした低侵襲治療の研究は、全国的にみてもさきがけといえるもので、実績を積み重ねてきました。
これについては、LINAC(ライナック)という装置を用いた定位放射線治療の保険収載のためのデータを当教室が提供していることでも裏付けられると思います。「定位放射線治療の長崎大学」として全国的にも知られるようになりました。
松尾教授はLINACの長崎大学病院への導入当初から関わり、多数の研究成果や実績を挙げられました。
これまでの低侵襲治療で脳神経外科の難疾患治療にあたるという方向性に加え、近年では手術が難しい症例に対する、いわゆる「チャレンジング」な手術も多数行っており、日々研さんを重ねているところです。
ところで、先代教授の永田泉先生は、日本の脳神経外科における顕微鏡下手術のパイオニアである京都大学名誉教授・菊池晴彦先生のお弟子さんにあたる先生であります。
永田先生は、国立循環器病研究センターの部長職を経て2003年に3代目教授として当教室に赴任されました。先生は、脳血管障害を中心に直達(ちょくたつ)手術を主とした診療をされていましたが、脳血管障害以外に良性脳腫瘍の手術にも積極的に取り組んでいました。
その当時から「脳血管障害に対するバランスのとれた脳神経外科的治療」ということを治療方針としており、積極的に脳血管内治療を取り入れ、直達手術に組み込んだ「ハイブリッド治療」を行っていました。
永田先生はよく「歩留まりの良い手術を目指せ」とおっしゃっていました。私は先生の直弟子として直達手術を中心にしたバランスの良い治療を心掛けており、場合によっては直達手術にこだわらず、血管内治療のモダリティー(医療用画像機、検査装置)を活用した「歩留まり」の良い治療を目指しています。
われわれ医師はとにかく治療成績を向上させることを第一に考えるべきで、患者さんにとって最も効果のある(根治性)、低侵襲のもの、さらに安全性の高いものというバランスのとれた治療方針を常に頭に置くべきだと思います。
―長崎大学脳神経外科は小児に対する手術の実績でも知られています。
特に永田先生のいらっしゃった頃から、小児のモヤモヤ病に対して積極的に治療を行ってきました。
それ以前は、小児モヤモヤ病の手術は難易度が高いために間接血行再建術のみで治療していました。しかし、永田先生の時代からは直接血行再建術も取り入れた、いわゆる複合バイパス手術で小児のモヤモヤ病患者さんに対する手術介入を行っており、良好な治療成績をあげています。
永田先生が常日頃からおっしゃっていたのは「手術は結果がすべて」ということでした。たとえば外科医は往々にして自分が得意とする治療法に固執する傾向があります。永田先生の薫陶により、当教室では直達手術・血管内手術どちらの術者もいるが、どちらにもこだわらない、患者第一の治療方針を選択する、という風土ができあがりました。
もっとも、血管内治療は根治性にとぼしいところがあります。当教室では、とくに急性期のくも膜下出血の脳動脈瘤(りゅう)手術に対しては血管内治療(コイル塞栓術)を第一選択肢として治療にあたるものの、一部再発した症例については根治を目指して開頭術を選択するという方法で治療にあたっています。
これはすでに私の論文および国内外の学会で発表しており、世界的にも認められて「妥当な選択」であるという高評価をいただきました。
―これから目指すものは。
私が医学部を卒業した当時は現在のような研修制度ではありませんでしたので、直接、脳神経外科の医局に入局しました。
じつは、私は卒業する際にポンペ賞(注:長崎大学の主席卒業者に与えられる)をいただきました。それを知った当時の柴田教授に、「おまえはとにかく実臨床でしっかり研究を積んでこい」とおっしゃっていただき、入局から3カ月たらずで「武者修行」に出されることになったんです。
そのお陰で若い頃より数多くの直達手術を担当させていただきました。特に当科関連施設の中で第2位の手術数である前任地の長崎労災病院では歴代最年少で部長を任され、多数の難手術の執刀や後輩の指導を任せていただきました。
現在は当教室の脳血管障害に対する直達手術に関しては松尾教授の了解のもと、ほとんど私に任せていただいています。
今後は、永田先生から授かったさまざまなテクニックを若い医師にしっかりと伝えていくことも自分の役割になると考えています。これについては最近の若い医師の傾向に合わせ、手術のすべての過程を言語化し、言葉と文字で伝えることを心掛けています。
さらに永田先生のころから取り組んでいる高難度手術に関しても、幸い手術成績について高い評価をいただいていますので、今後もさらに高みをめざして治療成績の安定した手術を提供したいと思います。
松尾教授からは、直達手術のさらなる低侵襲化を推進するように指示をいただいています。具体的には顕微鏡下で行っていることをほかのモダリティーを用いてより低侵襲に発展させるという臨床テーマであり、成果をできるだけ早く患者さんに提供できるよう、研究を続けたいと思います。
長崎大学病院 脳神経外科
長崎市坂本1-7-1
TEL:095-819-7200(代表)
http://www.nagasaki-nouge.jp