腎臓病の駆逐へ向け、母体環境からのアプローチ
―主任教授に就任されて5月でちょうど2年。現在はどのような研究に取り組まれていますか。
2002年から取り組んできたAGE(終末糖化産物)研究をさらに発展させ、「母体環境が胎児に与える影響」の研究に取り組んでいます。
AGEは老化の原因の一つとされる、糖によって変化したたんぱく質で、妊娠中の母親が食品などを通してAGEを大量に摂取すると胎児期の発達に影響を与え、慢性腎臓病になる可能性が高いことがわかっています。
腎臓病は国民病ともいえる疾患ですが、われわれ医師が治療に関わることができるのは、すでに「できあがった」腎臓病であり、完全に治すことは難しい段階に入った腎臓病を診療することになります。
萎縮した腎臓を治すには最終的には再生医療が必要です。腎臓の再生医療については活発に研究が進められているものの、まだ一般的な治療法とまではいえません。
では、「完全な」腎臓病になる前の段階で手を打てないだろうか、という発想からスタートしたのが「母体環境」をターゲットにした研究です。
この研究の一つのエビデンスとして、たとえば過度なダイエットにより痩せている母体や高齢出産、喫煙習慣がある母体から産まれる子どもは低出生体重児であるということがあります。低体重児は新生児の段階で腎臓の糸球体の数が減少しているということが知られており、その結果として将来腎不全になる確率を高めてしまうわけです。
昨年、これに関連した研究結果を発表しました。母ラットにハイ・ファット(高脂肪)とハイ・フルクトース(高果糖)を同時に投与して人為的にメタボリック症候群を作り出すと、その母ラットから産まれた子ラットは尿アルブミンを出し、糸球体硬化も起こすようになります。
母ラットの健康状態が子ラットの腎疾患に直接関与するということであり、すでに完成された腎臓病を治すよりも「腎疾患を起こさせない」という予防的視点が大切だということがわかります。
―親世代の生活習慣の改善や服薬などで腎疾患に対応するということでしょうか。
妊娠中の服薬は難しいので、体質改善や食事療法が中心になると思います。具体的にわれわれがどう関わっていけるのか、産婦人科医や小児科医との連携も今後は必要になってくるでしょう。
低出生体重児がのちに糖尿病になる可能性が高いということもわかっています。すい臓のインスリン分泌が低下することで起きる現象ですが、すい臓疾患も腎疾患と同じようなメカニズムで発生すると考えています。
母体環境を考えるとき、最も避けたいのは早産です。腎臓は38週まで発達し続けますが、それ以前だと腎臓が未発達のまま産まれることになります。また、未熟児で産まれたことが腎臓病の発症に関係しているということも3年間の追跡結果の報告でわかっています。
こういったことを改善するためになにができるのか、教室をあげて取り組んでいる課題であり、すでに臨床と疫学的な調査を始めようとしています。
当科の甲斐田裕介講師は小学校の校区をコミュニティーベースとして設定し、尿たんぱくの出現率とその子たちの出生時体重を過去にさかのぼって観察する予定で、はっきりと見えてくる結果があるのではないかと期待しています。
―講座を女性が活躍する場にしたい、という思いをお持ちですね。
実際のところ、腎臓内科学講座の医局員の半数以上が女性です。特に子どもを育てながら、医師であり、母であり、妻であることを両立させている、その活躍ぶりは尊敬に値します。今後の教室運営には女性の力が必要不可欠であり、女性の就労継続には力を入れたいと思いますし、そのために働きやすい環境を作りたいと思っています。
女性からの聞き取りをしたところ、学内の保育所に子どもを預けることができるか否かは、働き続けるうえでとても大きな要素になるようです。しかし、保育所はあっても人数制限があって預けることができないという状況にあります。
保育士が不足しているということが理由なのですが、それが解決されると女性の働きやすさがもっと増すと思います。今後、大学全体で考え、解決してほしい問題です。
―主任教授に就任された際に、教室の雰囲気について「若い、活気あふれる」と表現されています。
所属する医局員の数は一番多かった時期に比べて20人ほど減っており、いまは50人程度です。
親が開業医という医局員が多く、跡を継ぐために実家に戻るというケースや、家庭の事情で医局を離れるなど、いわゆる世代交代の時期なのだと思います。そのため、医局員の平均年齢はさらに若返りました。
若い医局員は、私から何か指示するのを待つわけでもなく、自主的に自分の考えで動いてくれています。自分たちで教室を作り上げるという思いが垣間見えて本当に頼もしいです。
人数が少なくなった分、やるべき仕事が多くなりますので今は多少きついかもしれませんが、幸運にも後期研修医が毎年コンスタントに入局してくれていますので、また盛り返してくることを期待しています。
よく、学生や若い医師に医学の道を選択した動機をたずねるのですが、しばらく考えて「なんでも診ることができる医師になりたい」と答える人がいます。でも、私自身は違う考えを持っています。
「ゼネラリスト」は医師として当たり前ですが、「これだけは絶対に負けない」という分野を持ちたいですし、死を目の前にしても「精一杯やり遂げたから悔いはない」と言えるような生き方がしたい。大きな夢を持って完全燃焼できるような、そんな打ち込める道を若い医師にはみつけてほしいですし、私も夢をかなえることができるように全力でサポートしたいと思っています。
久留米大学病院
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