九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
前回に引き続き、示談で解決した事例の報告です。
Aさんは30歳の男性。ある日曜日の朝、奥さんの免許更新につきあうため外出の支度を始めたところ、突然の胸痛に襲われました。奥さんは、「立っていられない」と椅子にへたり込んだAさんに驚き、自家用車で近所のB病院に送っていきました。
B病院で行われたのはまず心電図検査です。急性心筋梗塞が疑われたのでしょう。これは異常なし。それからしばらく待たされた後、単純及び造影CTが撮影され、これも異常なし。担当のC医師はAさんを胃もたれと診断しました。
帰宅したAさんは、先に帰っていた奥さんにその旨を説明しました。しかし、Aさんの胸痛は続いています。奥さんは「大丈夫? 別の病院にいかなくてもいいの?」と心配しますが、Aさんは、「今日はもう疲れたよ、CTまで撮って、ちゃんとした先生が診てくれたんだから、何でもないんだろう、寝ていれば治るよ」と答えたそうです。「ただの胃もたれで1万5千円も使っちゃった」とぼやくAさんを、奥さんは「それで安心を買ったと思えばいいよ」となだめました。
月曜日の朝、奥さんが「まだ痛い?」と尋ねると、Aさんは「痛い、でも仕事に行かなきゃ」といって、お粥を食べて出勤しました。
その日、B病院では、放射線科の医師が前日に撮影されたAさんのCTを読影し、上行大動脈から大動脈弓にかけて血栓閉塞型の大動脈解離があること、上行大動脈は瘤(こぶ)を伴っていることを認め、その旨の検査結果報告書を作成していました。しかし、この検査結果が、C医師の目に触れることはなく、Aさんに連絡されることもありませんでした。
その後も、Aさんの胸痛は一進一退を続けましたが、胃もたれというC医師の診断を信じて、消化の良い物を食べるよう心がけていたようです。
奥さんが、自室で冷たくなっているAさんを発見したのは、B病院を受診した日からちょうど4週間後の日曜日の早朝でした。救急車で運び込まれたB病院で、大動脈解離による死亡が確認されました。
初診の際、担当のC医師が単純及び造影CTを撮影したのは、Aさんの症状から大動脈解離を疑えばこそのことだったのですが、その読影能力の限界から大動脈解離を発見できませんでした。こうなると、丁寧に検査したことがかえって裏目に出てしまいます。もし、C医師が何も検査をせずに胃もたれと診断したのであれば、Aさんも他の病気の可能性を疑って、再度、病院を受診した可能性が高いのではないでしょうか。
ちなみにC医師は循環器科の医師ではありません。循環器の専門家にこのCT画像を見てもらったところ、なかなか微妙な画像で、他の診療科の医師が大動脈解離を発見できなくても無理はないというものだったようです。しかし、そういう場合があるからこそ、このB病院でも、読影を専門とする放射線科医師によるダブルチェックが行われているわけです。
C医師が自分の診断能力を過信することなく、月曜日の朝、この検査結果報告書をチェックしていれば、あるいは、Aさんに対して、「痛みが続くようであればまた受診してください」とひとこと告げるだけでも、防げた事故だったかもしれません。
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