琉球大学医学部附属病院 病院長 藤田 次郎

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 新年あけましておめでとうございます。皆さまもよい新春を迎えられましたことをお慶び申し上げます。

 私のこれまでの習慣として、大晦日から元旦にかけての時間は、よほどのことがない限り、大学病院で論文を書いていました。この習慣はすでに20年ほど続いています。12月31日の午後10時頃になると大学病院に出勤し、論文を書き始めます。年が明けて午前1時頃、自宅に戻ります。以前は原著論文を書いていましたが、ここ数年は総説や、単行本の原稿を書くことが多くなってきました。

 もうすでに教授なのですから、論文数を増やす必要はないはずなのに、なぜ書くことを止めないのだろうと疑問に思うこともあります。 私自身が論文を書く習慣を身につけたのは、国立がんセンター時代に西條長宏先生という上司に恵まれ、多数の論文(依頼原稿も含め)を書くチャンスを与えられたからでした。私はがんセンター時代、13カ月で15の論文を書きましたが、これは西條先生が「これを書け」「あれは書けたか」と常にプレッシャーをかけ続けてくれたからでした。また私が論文を書く動機は、まだワープロの時代でなかったこともあり、自分の書いた原稿が活字になるのがうれしかったことにありました。

 その当時執筆した肺小細胞癌(がん)の総説(藤田次郎ら:癌の臨床31:1-19・1985)は、印刷ページで19ページ、引用文献152編という、我ながら力作でしたが、これを手書きで仕上げたことは現在の自分の糧となっています。同様に肺非小細胞癌に関する総説(印刷ページで8ページ、引用文献60編、藤田次郎ら:癌の臨床31:201-208・1985)もまとめました。

 これらの総説を書くことで、肺癌の治療に関して、その当時の世界の動向を知ることができました。国立がんセンター時代はとにかく西條先生の指示もあり、論文を書き続けた時代でした。特に勉強になったのは、学会で発表した演題を必ず論文にする、という考え方でした。西條先生のおかげで、がんセンター時代に寸暇を惜しんで論文を書く習慣が身についたのだと思います。

 論文を書くということは、その何倍も論文を読んで勉強するということであり、患者さんに何か変化があっても、すぐに病態を想像できる感覚が磨かれ、診療にも深みや厚みが増すと感じます。

 年頭に際して、私の願いは、医局の若い先生方に1編でも多く論文を執筆していただきたいということにあります。


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