セレンデピティーは日々の積み重ねから
60余年の歴史を持ち、2014年には、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)の病院となった下関医療センター。山口大学医学部長を経て、2011年から院長を務める佐々木功典院長に話を聞いた。
―病院運営に携わり5年目。注力している点は。
病院運営は初めてでしたので全体を理解するまでは時間が必要でした。私の大学でのミッションは基本的に教育と研究。特に基礎分野の研究に取り組み「世界で1番」を目指していたわけですから、各人それぞれが中心になって仕事を進めていました。
今は現場の職員にいかに気持ちよく働いてもらい、患者さんに良い医療を提供できるかを考えています。そのために、職員が話をしやすい場を用意したいと思い、私の部屋はいつもドアを開けたままにしていますよ。
病院の要は医師の確保です。人材は減るときは簡単に減りますが一度いなくなるとその復活は大変です。大学が医師を安心して派遣し続けられ、2018年度から始まる新専門医制度のもとでも医師が来てくれるような病院をつくらなければなりません。
看護師の確保も同様に大切ですので、看護学校の実習を積極的に受け入れています。また、私も含めた当院職員が養成校に授業をしに行くなどしてつながりを深めています。
また、向上心のある看護師には、学ぶ機会を与えたいと思っています。このため、認定看護師取得のための研修などに参加する場合は公務として出張で行けるような体制もつくっています。
現在、感染管理認定看護師、皮膚・排泄ケア認定看護師、透析看護認定看護師などを取得。さらにがん性疼痛看護認定看護師、がん化学療法看護認定看護師もいます。職員のレベルがあがることで、患者さんに質の高いケアができると思います。
―下関市は高齢化が進んでいます。
山口県は少し特殊で、岩国、徳山、防府、山口、宇部、下関と中規模の都市が点在。なかでも下関市は現在人口約26万人で高齢化率は33.5%。人口は年に約2000人ずつ減っており、2025年には24万人になると予測されています。その中で、315床の当院のほか、下関市民病院(436床)、山口県済生会下関総合病院(373床)、国立病院機構関門医療センター(400床)があります。
昨年7月には山口県地域医療構想も発表され、これをもとに地域医療構想調整会議も開催されています。今後は具体的な病床の見直しを前提に、病院再編も含めて調整が進んでいくと思います。
現在、当市の二次救急は4病院が輪番で担っています。4日に1回は回ってきますが、4病院ともほぼ100%救急を受けており、たらい回しのような事態は起こっていません。今より医療を提供する体制が低下してはいけません。
―課題など。
再編などの動きがあったとしても、その時に飲み込まれるような病院では困ります。このため、市民の皆さんに高度な医療を提供し、職員にも支持される病院づくりを目指してきました。
福祉施設のニーズにこたえて、1995年には介護老人保健施設、2012年には訪問看護ステーションをスタート。利用者も増えていますので、今後も在宅を支える体制を開業医さんと連携しながら進めます。
各診療科の実力もレベルアップしなければなりません。現在、脳神経外科は患者さんからも大変評判が良く、下関市内で高い実績があります。
当院は脳死下臓器提供可能施設にも指定され、同科は厚生労働省の研究グループにも入っています。この規模で国の研究班になるのはなかなか貴重だと思います。
肝炎にも強く、厚生労働省の班研究にも取り組んでいます。患者さんの評判だけでなく、国の支援を受けられることは客観的な評価にもつながり、医師にとっても自信になるはずです。
―病院長として取り組んでいることは。
私は病理医ですから担当はいませんが、毎週水曜日に、看護師長らとともに、入院している患者さんの回診をしています。約200人のベッドを訪れますから、話は短くなりますが一人ひとりに声をかけて様子をみています。これまで、嫌な顔をされたことはなく、むしろ長期入院の方のところに仕事で行けないと「待っとったのに」「お休みでしたか」などと気軽に話しかけてもらっています。他愛のない話ですが、病院全体のこともわかります。
―病理医として。
病理には、研究テーマが身近にいくつもあると思って、この分野を選びました。がん全体の総合的なゲノムの全体解析を行い、その分野での論文数としては、世界で4番目になったこともあります(右グラフ参照)。フィンランドの教授が世界の論文の数や内容をまとめており、それを見て初めて知りました。
今は昔より研究費用が目減りしています。一方で研究自体がより精密になるなど、その費用は高額になり、研究の継続が困難になっています。今後は基礎研究で、日本人がノーベル賞を受賞することは難しくなるのではないでしょうか。研究は、どの研究から芽が出るかわからないので、続けるしかないのですが。
日本語でのうまい訳がないのですが、偶然訪れる発見、幸運という意味のセレンデピティー(serendipity)という言葉があります。幸運はあくまで積み重ねがあって生まれるもの。そして、「幸運の女神は前髪しかない」とよく言います。過ぎ去った時には、髪の毛がないので捕まえられない。つまり、あらかじめ前にいて、捕まえる用意をしていないとだめなんです。研究も、病院運営も、後追いではうまくいかないのかもしれません。