九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
今回から、わたしが実際に経験した医療過誤事件の中から、経験を共有する価値が高いと思う事件をいくつか報告したいと思います。その中には、示談で早期に解決した事件もあれば、訴訟提起後に和解した事件もあり、判決確定まで争われた事件もありますが、いずれにせよ、第三者的な専門家による事故調査が行われた事件ではありませんので、あくまでも、患者側弁護士からみた医療過誤事件であるとしてお読みください。
まずは、単純な事件から。
患者(当時71歳)は、ある病院でステージⅢの喉頭がん(声門上がん)と診断され、放射線+化学療法後、頚部リンパ節郭清術を受けました。診断から約半年で喉頭がんに対する治療は終了し、その後は半年に1回の通院で経過観察がなされていました。再発の徴候はなく、経過は順調でした。
ところが約3年後、患者は、物が呑み込みにくいという症状に悩まされるようになりました。上部消化管内視鏡検査が実施され、Ⅲ期の食道がんが発見されました。報告書には「病変は管腔の約3分の2を占め、長径約4㎝にわたり著明な狭窄を認めます。3年前に指摘されている既知の病変と思われます」と記載されています。「既知の病変」とはどういうことでしょう。
実は、この患者に喉頭がんが発見された当時にも、重複がんの有無を調べるために上部消化管内視鏡検査がなされていました。その報告書には、、0Ⅱcの食道がんがみられたと記載されています。さらに、病理組織診断で、扁平上皮がんであることが確認されてもいました。しかし、当時の主治医は、食道がんに対して何のフォローもしないまま、喉頭がん治療後の経過観察を行っていたのです。
患者は、食道がん発見から約半年後、転院先のホスピスで亡くなりました。
この事件については、患者の存命中に、病院側が事故の発生と、それによって明らかになった問題点及びその対応策を公表しています。それによれば、入院患者の情報を主治医一人のみが把握するという体制が問題であり、今後は、複数の医師及び看護師も含めたチームとして診療し、複数の医療者によるチェックを行うとしています。また、主治医は内視鏡の検査報告書は読んでいたけれども、病理検査報告書は、病理検査を依頼した内視鏡施行医にしか届かないシステムだったという問題点も指摘し、その点についてもシステムを改良するとしています。
このように、自ら問題点を検討し、対応策を構築する病院側の対応は高く評価されるべきものです。しかし、自分の患者に0Ⅱcの食道がんがみられたとの内視鏡検査報告書を読んだ主治医が、なぜそれをフォローしようという気にならなかったのかという疑問は拭えません。仮に病理検査で診断が確定していなくても、内視鏡的に食道がんらしき病変がそこにあるわけですから。
主治医が食道がんの存在をきちんと把握していれば、喉頭がんに対する治療が一段落した段階で、再度、内視鏡検査などを行って食道がんの状態を再評価し、治療が開始されたはずです。裁判になれば、その段階で治療を開始した場合に、食道がんによる死亡が回避できた可能性をどうみるかが問題になる事案ですが、実際には、病院側が訴訟前に責任を認めて示談で解決しています。
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