医療法人十字会 野島病院 山本 敏雄 院長

  • はてなブックマークに追加
  • Google Bookmarks に追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • del.icio.us に登録
  • ライブドアクリップに追加
  • RSS
  • この記事についてTwitterでつぶやく

来年、病院開設100周年「次の世代に向けて」

【やまもと・としお】 1973 鳥取大学医学部卒業 鳥取大学医学部附属病院第一外科入局1977 松江市立病院外科 1979 鳥取大学医学部附属病院第一外科 1980 野島病院2003 中部地区メディカルコントロール協議会会長就任 2009 野島病院院長就任 2010鳥取県中部医師会理事就任 2013 鳥取県救急医療知事表彰 2014 山陰救急医学会幹事就任 2016 救急医療功労者厚生労働大臣表彰

 野島病院は1917(大正6)年創設。来年で開院100周年を迎える。山本敏雄院長に鳥取県中部地震での対応や今後の取り組みなどを聞いた。

c31-1-1.jpg

◎鳥取県中部地震での対応

 10月21日の午後2時過ぎ、鳥取県中部地震は起こりました。震源地である鳥取県中部にある、ここ倉吉市では震度6弱を記録しました。

 私は、その時、手術中で、大きな揺れを感じました。その後、一時的に停電。水道も止まりましたが、いずれもすぐに復旧し、病院機能が損なわれることはありませんでした。

 幸いなことに救急搬送も少なかったのですが、手放しで安心というわけにはいきませんでした。それは、なぜか。熊本地震の例があったからです。

 4月14日に起きた熊本地震は、最初の余震が震度7。その後、本震が起きて、甚大な被害をもたらしました。私たちは次に大きな揺れが来たときのことを想定し、古い病棟の患者さんを新しい病棟に移す対応をしました。

 私は鳥取県中部医師会で地域災害医療コーディネーターを務めています。地震翌日には地域の保健所が対策会議を開きました。災害医療コーディネーターは、DMAT(災害派遣医療チーム)、JMAT(日本医師会災害医療チーム)、AMAT(全日本病院協会災害時医療支援活動班)などの医療チームの機能と役割を把握し、被災地の状況に合わせて配置することが、果たすべき役割です。

 幸い、私たちが活躍する場面は、あまりなかったのですが、今後起こるかもしれない、さらなる大地震への教訓になりましたね。

 年に1回鳥取県災害医療コーディネーター研修会が開かれます。これまでは、どこか机上の空論のように感じていました。でも実際に地震に遭ってみて、日ごろからのシミュレーションが役に立つのだと感じましたね。もし、何も準備をしていなかったら、きっと右往左往していたことでしょう。

 次の会議では、今回の地震の経験を踏まえて、より白熱した議論が展開されると思っています。

◎救急医療功労者厚生労働大臣表彰を受賞

 今年9月9日、救急医療功労者として厚生労働大臣表彰を受賞しました。厚生労働省のホームページに過去の受賞者が載っていますが、県内ではほとんどが病院の開設者や経営者で勤務医は私だけのようです。

 災害医療コーディネーター、鳥取県救急搬送高度化推進協議会委員、鳥取県中部地区メディカルコントロール協議会長などとしての活動や、当院での救急医療など、もろもろの取り組みが評価されたのかもしれません。あまり実感はありませんが、そう思うと、うれしいですね。

◎赴任当時の思い出

 当院に赴任したのが36年前。医師が少なく、実働は5人ほど。救急搬送も多く、毎日目が回るような忙しさでした。

 当時は、シートベルト着用が義務化されておらず、エアバッグもない時代でした。交通事故で搬送されてくる人は重傷者が多かったですね。

 私の専門は消化器外科です。しかし、地域の病院では消化器しか診ないというわけにはいきません。当院に来た当時は、脳外科の麻酔を数多く担当しました。大学で麻酔の研修をしたことが役に立ちましたね。救急隊とのコンタクトもスムーズだったことを覚えています。

◎地域の救急とプライマリー・ケアを担って

 新専門医制度がスタートすると、われわれのような地方の中小病院は、今まで以上に医師確保が困難になるのではないかと懸念しています。なぜかというと研修先に指定される要件は、大学病院、大規模な施設でないと満たすことが難しいからです。

 新専門医制度では症例数や手術経験数、活動実績も必要となるため、多くの医師が症例を求めて都市部や大学病院に集まり、地方や中小病院に医師が来なくなる可能性があるのです。

 最近の若い医師は、スペシャリストを目指す傾向が強いですね。もちろん、それも必要なことではありますが、医療の原点はプライマリー・ケアや救急だと思うのです。そこに興味を持ってくれる人が少ないのは残念です。

 鳥取県中部地区は人口減に突入しています。しかし、高齢者の数自体は、それほど変わらないか、増えることが想定されます。高齢者は、一つの疾患だけでなく、複数の疾患があることが多く、狭い範囲しか診られないスペシャリストでは、対応しきれません。プライマリー・ケアの需要が、これまで以上に拡大することは間違いないでしょう。

 この地域の救急車の搬送台数は年間4500~4600台。当院がその内の4分の1、鳥取県立厚生病院(倉吉市)が3分の1を受け入れています。

 救急対応は不定期で、絶えず準備を怠ることができません。大変ですが、救急は医療の原点だと思っているので、今後も力を入れて取り組み続けるつもりです。

 現在、当院の常勤外科医は私を含めて4人。私が最年長で68歳、ほかの3人も60代です。また脳外科部長も60代後半となり、夜間の救急対応はベテラン医師には辛いですが、みなさん頑張ってくれています。

 当院には現在循環器内科専門の常勤医がいないので、そういう患者さんは県立厚生病院もしくは垣田病院(倉吉市)に送っています。垣田病院も医師が少ないですが、とても熱意をもって受け入れてくれます。垣田病院の院長も60代。頭が下がりますね。

◎課題は医師の確保と病院の新築

 当院には320列CTなど最先端の医療器機がそろっており、常に新しい器機を装備することを心がけています。この点は大病院にも劣らないので、若手医師の方には、ぜひ当院へ来ていただいて診療に役立てて欲しいと思います。

 当院で一番古い建物は50年以上経過しており、新築を考え、すでに設計図もできています。経営状態は良好でありますが、今後さらに経営努力が必要です。

 若手医師の確保と病院の新築。この二つをクリアできれば今後に向けて良いステップが踏み出せるものと確信しています。

◎医師としてのモットー

 鳥取大学の医学生のとき、将来何科に進もうかと考えました。悩んだ結果、選択したのは外科でした。

 鳥取大学第一外科の初代教授、綾部正大先生は、とても厳しい人として有名でした。そこにあえて飛び込んで、自分の内面を鍛えなおしたいと思ったのも第一外科を選んだ理由でしたね。カルテの書き方ひとつとっても厳しい指導をされたことを今でも覚えています。

 私の医師としてのモットーは、患者さんの声に耳を傾けることです。患者さんの言葉には、教科書にない発見がたくさん隠れています。患者さんから教わることは限りなくたくさんあるのです。

 論語に「己の欲せざる所、人に施すなかれ」とあり、また新約聖書の中には「己の欲す所を人に施せ」という言葉があります。東洋と西洋ですこし意味合いが異なりますが、このような言葉を胸に秘め、日々の業務に励んでいます。

医療法人十字会 野島病院
鳥取県倉吉市瀬崎町2714-1
TEL:0858-22-6231
http://nojima-hospital.jp


九州医事新報社ではライター(編集職)を募集しています

博多水引×九州医事新報

バングラデシュに看護学校を建てるプロジェクト

人体にも環境にも優しい天然素材で作られた枕で快適な眠りを。100%天然素材のラテックス枕NEMCA

一般社団法人メディワーククリエイト

日本赤十字社

全国骨髄バンク推進連絡協議会

今月の1冊

編集担当者が毎月オススメの書籍を紹介していくコーナーです。

【2017年4月の1冊】
イメージ:今月の1冊 - 67.メディカルスタッフから教職員まで アレルギーのはなし 予防・治療・自己管理
秋山一男 大田 健 近藤直実 編

Twitter


ページ上部へ戻る