臨床は楽しく、実験は厳しく
―講座の特徴について教えてください。
当科は、島根医科大学泌尿器科として、1977(昭和52)年に創設されました。現在は、尿路性器がん、慢性腎不全、腎移植、下部尿路閉塞疾患を中心に、腎・尿路・男性生殖器および副腎など、後腹膜臓器疾患の臨床と研究をしています。
主な研究テーマは、①尿路性器がんの診断と治療②前立腺の硬度と排尿動態の関連③膀胱再生です。これらは実際の臨床で遭遇した疑問から生まれたテーマで、実験によって得られた結果を臨床の現場に還元できるよう努めています。
―前立腺がんが早期に発見されるケースが増えているそうですね。
個人だけではなく、周囲の人を含めた、パブリック・ヘルスの改善を目的に、PSA(前立腺特異抗原)を用いた検診が普及しています。それによって、がんが前立腺内にとどまる限局がんの状態で診断される患者さんが増加しているのです。
しかし、PSAの数値が高いからといって、すべてのケースががんだというわけではなく、精密検査の必要があるということ。あくまでも目的は「早期発見・早期治療」です。最も大事なことは、治せるときに治すということですから、検診の結果、精密検査が必要だと診断されたら、できるだけ早期に、専門医療機関を受診していただきたいですね。
―2012年11月、手術支援ロボット「ダビンチ」を導入されました。
当院では、ロボット手術に関するバックグラウンドがないところからの立ち上げだったので、最初は大変でした。
ダビンチが国内に導入された当時、最も多く症例をこなしていたのは、吉岡邦彦・新百合ヶ丘総合病院泌尿器科 ロボット手術センター センター長(兼東京医科大学泌尿器科兼任教授)です。幸運なことに、彼は本学の卒業生で私の2年後輩。当院で導入後の5例くらいは手術の手伝いに来ていただき、おかげでスムーズに立ち上げることができました。当科の手術スタイルは、吉岡先生のやり方を踏襲しています。
現在までに、ダビンチによる前立腺がんの手術件数は230例、腎臓の部分切除は20例実施しました。
ダビンチは高額です。島根大学医学部附属病院の井川幹夫院長は、当講座の2代目教授でしたので、導入への理解はありましたが、関係各所を説得するのは大変だったようです。しかし、その甲斐あって、現在では、多くの患者さんを手術で治せるようになりました。
―島根県の泌尿器科疾患の傾向は何かありますか。
島根県は、人口約70万人。高齢者が多い地域ですので、前立腺がんや、前立腺肥大症などの排尿に関する問題を抱えた方が多いですね。近年増えているのは、糖尿性腎症です。
透析患者さんは全国で32万人を超えています。今後も患者数が増え続けると予想され、透析施設が足りなくなる恐れがあります。また、別の疾患を併発して入院が必要になった場合、透析できる入院施設が必要になります。その状況を改善することが一つの課題です。
―腎臓移植の必要性も高まりますね。
本院は島根県で唯一の献腎移植認定施設ですので、腎移植医療の中心として日々実績を積んでいます。
末期腎不全に対しては、兵庫県立西宮病院や兵庫医科大学と連携して積極的に腎移植を実施。血液型不適合夫婦間腎移植、免疫学的高リスク腎移植、また、他院で移植困難と判断された小児腎移植などもしています。
腎臓移植は、献腎にしても生体腎にしても、提供者がいないと成り立たない上、啓発も課題です。移植医療はいい医療なのですが、医学的問題だけでなく、文化、宗教、死生観、倫理的な問題など、さまざまな要素から成り立っているからです。
この地域では、以前よりは移植医療に対する理解が深まりましたが、今後もより一層の啓発が必要です。
移植技術がいくら発達しても、臓器提供がないと、移植手術はできません。人が亡くなることは不幸なことですが、それは腎臓病で苦しむ二人の患者さんの命を救うことにつながります。自分の体は死んで無くなっても、その臓器は別の人の体で生き続けるのです。
ドナーにリスクがある生体移植は難しくても、献腎移植なら、少し見方を変えることで、臓器提供に対する理解も深まるのではないでしょうか。
私自身も、死んだらすべての臓器を提供するようにしています。偏った考え方かもしれませんが、個人的にはそうすべきだと考えています。
私の専門性としては、腎移植手術を広めていきたいですし、手術が成功して、患者さんから尿が出た時は、何ものにも代えがたい喜びを感じます。これからも、移植に対する啓発に注力していきたいですね。
―今後の展望を聞かせて下さい。
大学の附属病院としての使命は、次世代の医療を支える人材を教育し、育て、新しい情報を発信することです。基礎医学がなければ臨床医学は成り立ちませんから、基礎医学に取り組む人材を増やしていくこともこれからの課題だと思います。
最近の若い人たちは、与えられたことには真面目に取り組むけれど、自分から何かをつかもうとする意欲があまり感じられません。意欲的になるためには、一度はどん底を経験した方がいい。その状態を必死に乗り越えることで、その先のステージに上がることができるのではないでしょうか。
若いころの私は臨床が苦手でしたので、実験ばかりやっていました。「臨床」は患者さんという相手がいますが、「実験」は自分との闘いです。自分がしっかりしなければいけません。
本来、「臨床は楽しく、実験は厳しく」あるべきだと思います。言い換えれば、「患者さんには優しく、自分に厳しく」ということです。実験で自分に厳しく向き合った経験がないと、臨床の現場に戻っても、きちんと患者さんに向き合えないのではないかと思います。
学生や若い医局員に厳しく指導をすることは正直大変です。しかし、たとえ嫌われても、10年後、「指導を受けて良かった」と思ってもらえる方がいい。これからも愛情を持って、地域で活躍できる医療人を育てていきたいと思います。
島根大学医学部附属病院
島根県出雲市塩冶町89-1
TEL:0853-23-2111(代表)
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