「笑い」で支える精神医療
精神障害者のリハビリテーション、うつ病の認知行動療法を中心とした医療を提供する豊岡台病院。「芸乃虎や志(げいのこやし)」の高座名で社会人落語家としての顔も持ち、免疫力をアップさせる治療法として「笑い」を取り入れている枝廣篤昌病院長に話を聞いた。
―精神科医、病院長、社会人落語家、そして日本笑い学会四国支部の代表でもいらっしゃるそうですね。
「日本笑い学会」は、1994年7月9日(泣く日)、「笑い」の総合的研究と文化の発展を目的に設立されました。笑いに関心がある方なら、誰でも入会できます。私は四国支部代表として、笑いをテーマにした講演会や落語、「笑いヨガ」のイベントなどを定期的に実施しています。
愛媛大学で落語研究会に所属していたこともあり、20年ほど前から「笑いとストレス」といった講演の中で、落語を披露することもあったのですが、高齢のお客さんの場合、頭の中でうまくイメージが膨らまなくて、話に出てくる場面や状況がうまく構築されないことがありました。話を理解するのに疲れてしまって、楽しめない人も中にはいらっしゃるのです。
そこで落語の中に歌う場面を取り入れたり、話し終わった後に、頭で鍵盤ハーモニカを弾いたりして、ただ見ているだけでも笑えるような工夫をしていました。
難しいことを考えず、もっと簡単に笑える方法はないかと探しているときに出合ったのが笑いヨガです。
実際にやってみると、笑いヨガは、小さな子どもから、おじいちゃん、おばあちゃんまで、参加できるし、皆さんとてもよく笑われることに驚きました。
―笑いヨガとは具体的にどういうものですか?
笑いヨガは、笑いの体操とヨガの呼吸法を組み合わせたエクササイズで、1995年、インドのマダン・カタリア医師によって考案されました。
「笑い」の動きをすることで多くの酸素を自然に体に 取り入られるなどの働きで、心身共にすっきりして元気になることができます。「ただ笑うだけ」なので、だれでもすぐに参加できるシンプルなエクササイズです。
昨年と今年、病院のスタッフが日本笑いヨガ協会認定の笑いヨガリーダーの資格を取得したので、毎日のリハビリメニューにも加えてもらっています。
―2015年12月から笑いヨガ講座を始められたそうですね。
一カ月に一度、第四土曜日の午後2時から開催していて、今月で12回目になります。参加者は毎回20〜30人ほど。毎回楽しみに待っていただいている方が半数ほど。市政だよりや地元ケーブルテレビの告知を見て新しく参加される方も多いようです。
笑うことが健康に良いとわかっていても、日常生活の中で大声を出して、一定時間笑う機会はそうありませんよね。約60分間の講座では、20分くらいのセッションを2〜3回と、深呼吸などを組み合わせています。
まず、笑いを導くための準備運動として、手拍子をしながら、「ホッホッ、ハッハッハ。ホッホッ、ハッハッハ」という発声を繰り返しながら、最後にバンザイの姿勢で「イェ~イ!」と胸を反らします。
リズムを取りながら、手拍子をすることで手のツボの刺激にもなりますし、脳を活性化する働きもあります。「ホッ」と「ハッ」という音は、しっかり息を吸って吐かないと出せない音のため、自然と横隔膜が動いて、腹式呼吸を促すのです。
人は大人になると、人前で喜怒哀楽の表現を抑えがちです。だから、この講座の間だけは、できるだけ童心に返ってもらって、無邪気に「やったー!やったー!イェーイ!」とやる。また、誰かをほめたり、ほめられたりする機会も少なくなりますから、参加者同士で向かい合って「いいぞ、いいぞ、イェーイ!」と声をかけ合ったりもします。
大笑いしたときの、筋肉を動かす、笑顔をつくる、会場を歩き回って、できるだけ多くの参加者と笑顔を交換するといった一連の行動によって、だんだん楽しい気分になるものです。
実は、うれしくて笑っても、運動として笑っても、健康効果はそんなに変わりません。だったら、作り笑いでもいいからどんな時でも笑えるようにしておいた方がいいですよね。
―認知症やうつ病の患者さんも笑いヨガをされるのですか。
笑いヨガには、ユーモアやコメディーの理解力は必要ありません。そういう意味では、認知症の方、回復途中のうつ病の方など、頭の中で状況を想像して楽しむことが困難な方にも適したエクササイズです。
笑うと、ストレスホルモンが減って、免疫機能が高まり、自律神経のバランスも整います。笑いヨガでは、理屈抜きに、ただ「笑う」という動きだけをやるので、脳の前頭葉を休ませることになり、脳の緊張を和らげることができるのです。
神経症や軽いうつ病の場合、過去のことにとらわれたり、先のことばかり心配したりしがちです。しかし、笑っている瞬間は、過去にとらわれることもなく、未来のことを心配し過ぎることもありません。
当院では一日に一回、昼休みの後に、ホールで10分程度の「笑いヨガ」をやっています。楽しそうに参加していた認知症の方に、2〜3時間後、「さっきは楽しかったねぇ」と声をかけると、「ん?そんなことしたかね?」とおっしゃいます。
でも、大切なのは、「みんなと一緒に楽しい時間を過ごした」ということ。「何かをした」という記憶はなくすかもしれないけれど、「感情の記憶」は残っているから、笑いヨガをやった後は、おだやかに過ごされる患者さんが多いですよ。
―なぜ精神科医になろうと思われたのですか。
もともとは、農業がしたくて、農学部への進学を考えていました。食べるものさえあれば、あとは工夫次第で楽しく暮らしていけると思ったし、当時、話題になっていた遺伝子組み換えの研究にも興味があったからです。
高校2年生のとき、喘息(ぜんそく)の発作を起こして入院しました。そのとき、先生から「具合はどう?」と聞かれても、本当は息苦しいのに、「ああ、いいです...」としか伝えきれなかった。「もう少しつっこんで聞いてくれる先生がいたらいいのに...」、と思ったのがきっかけで、「それなら自分が医者になるという方法もあるな」、と考えるようになりました。
人間として生まれてきたからには人間とかかわって生きていきたい。その点、精神科は人間を相手にする究極の診療科だと思います。
精神科の疾患は、家族、職場、社会といった周囲の環境が患者さんの容態に大きく影響します。病態だけを診ていて治せるものではありません。今日下した決断の答えが出るのに、数年かかることもあります。忍耐力は必要となりますが、やりがいも大きな仕事です。
これからも、患者さんとご家族が一緒に笑い合える瞬間をたくさんつくっていきたいですね。
一般財団法人 新居浜精神衛生研究所附属 豊岡台病院
愛媛県四国中央市豊岡町長田603-1
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