九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
この連載も、いつのまにかもう3年以上になりました。連載を開始した2013年7月は、厚労省の検討会が「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なありかたについて」を発表した頃です。
最初の頃の記事を読み返してみると、医師法二一条の異状死届出義務の話からはじまり、医療過誤における民事責任と刑事責任との違いについて論じているうちに、「医療事故調査制度の施行に係る検討会」での議論が始まり、それから半年ほど、その議論を追いかけていたようです。
その後、安保関連法案の話を挟んで、ここしばらくは医療における個人情報の取扱について説明してきたところですが、1年ぶりに、医療事故の話題に戻ることにいたします。
医療事故防止は、医療に携わる人すべてにとっての関心事だと思います。そのために重要なことの一つが、現実に起きた事故の情報を、社会的に共有することです。
昨年10月に発足した医療事故調査制度にも、その趣旨は含まれています。しかし、この制度は、その前身ともいえる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」や、産科医療補償制度と異なり、個々の具体的な事案の概要や分析結果の概要が公表されるシステムにはなっていません。個別事例の報告を整理・分析して、全体として得られた知見を繰り返し情報提供するというのがこの制度による「再発防止に関する普及・啓発」ということになっています。
日本医療安全調査機構は、毎月、現況報告をプレスリリースしていますが、現在のところ、発表されているのは、医療事故報告件数、院内調査結果報告件数、相談件数、センター調査の依頼件数のみで、まだ、分析結果は発表されていません。そろそろ丸一年になりますので、何らかの成果が発表されてもいい頃です。
ところで、2016年8月末までの11カ月間で報告されたのは356件、年間約388件ペースです。この制度発足以前、年間の医療事故報告数は1300件から2000件程度が見込まれていましたので、その4分の1程度の報告にとどまっていることになります。
この報告件数は、おそらく、日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業における死亡事例の報告数を根拠に算定したものではないかと思われます。ごく大まかな話をすれば、この医療事故情報収集等事業に対する報告義務を負う医療機関の病床数は約14万床、これは日本全体の病床数の約8%にあたります。そして、厚労省が「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を発表した2008年当時、医療事故情報収集等事業には、年間110件から150件程度の死亡事故が報告されていました。この数を約8%で割り戻して全体の死亡事故を推計すると、だいたい1300~2000件程度の数になりそうです。
このとき構想された医療安全調査委員会制度は、全例について、第三者機関による調査を行うことになっていましたので、その予算を確保する必要がありました。そのために推計したのがこの数字であり、それが、今回の医療事故調査制度の議論の中でもそのままになっていたのではないかと思います。
では、この予測された報告件数と実際のそれとは、なぜこれほど違ってしまったのでしょうか。
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