技術と知識を未来へ継承
ー貴院の特徴は。
この辺りには、昔、炭鉱があり、労災事故が多発していました。全国的に多くの労災病院ができた時代でもあった1960(昭和35)年、労働省(現厚生労働省)の関連機関として発足。現在は、厚生労働省の所管である労働者健康安全機構という組織の病院となりました。発足当時と比較すると、労災事故にともなう患者さんは大きく減少し、一般の患者さんが増えているのが現状です。
さまざまな診療科を持つ当院ですが、とりわけ整形外科の医師は充実していて、14人体制で診療を行っています。350床のうち170床は整形外科の患者さんが占めています。
脊椎疾患の患者さんが多く年間の手術件数は約900例。国内では有数の手術件数ではないでしょうか。ドクターヘリもありますので、離島から脳疾患や脊髄損傷の患者さんなども搬送されてきます。
また、当院には、「勤労者脊椎・腰痛センター」「勤労者脳卒中センター」「アスベスト疾患ブロックセンター」「健康診断部・治療就労両立支援部」の四つの専門センターがあり、私は勤労者脊椎・腰痛センターのセンター長を兼任しています。2001年に開設した当センターは、1万件以上の手術実績を持ち、外傷から脊柱変形、脊髄腫瘍に至るまで、あらゆる脊椎疾患に対応。腰痛の問題を抱えた労働者の社会復帰支援、公開講座などでの市民への啓発、研究に努めています。
ー10月28日~29日に長崎で開かれる「日本脊椎インストゥルメンテーション学会」の学会長ですね。
本学会は今回で25回目を迎えますが長崎での開催は初めてです。テーマは「未来への継承」です。
「インストゥルメント」とは、金属材料を使用した治療のことで、けがをされた方や側彎(そくわん)の方の背骨に使用します。近年、急速な発展を遂げたインストゥルメントは、外傷や後側彎症といった、脊柱変形だけではなく、手術が必要とされるほとんどの脊椎疾患に使われるようになりました。
今後はさらに高齢化が進みます。高齢者がこうした手術を受ける機会が増えると、骨粗しょう症に伴う問題が起きてきます。硬い金属を柔らかい骨に埋めるとなると、当然そこには何らかの無理が生じてきます。年数が経つと、金属を入れた場所の隣が徐々に悪くなる(隣接椎間障害)が発生します。人間の体は変化していきますが、金属は変化しません。
ですから、生体と人工物とのギャップをどう埋めるのかが大きな課題です。柔軟性のある人間の体に硬い金属を入れることが本当にいいことなのかどうか、もっと柔軟性があって質の良い材料がないかどうか。そういったことも含め、これまで得られた知識や情報を土台に、さらに発展させていきたいですね。
学会設立から25年という節目でもありますので、インストゥルメンテーションの領域がどんな成長を遂げてきたのか、どんな問題が起きてきたのかを振り返るとともに、この先の10年、20年で解決していきたいテーマを見つけていきたいと考えています。過去を検証して、技術や知識を未来へ継承する。その分岐点というべき学会になるのではないかと思います。
ー若手医師のためのセミナーもありますね。
学会の翌日、10月30日に「若手医師と看護師のためのインストゥルメンテーションセミナー」を開きます。インストゥルメントとはどういうものなのか、何に注意しなければならないのか、手術のどういう点が難しいのか。質の高いチーム医療を構築するには、そうした知識や情報を手術に関わる若い医師や手術室看護師、病棟看護師、外来看護師などと共有しておく必要があると思います。術者の手技だけがうまくてもいい手術はできません。このセミナーは、よりレベルの高い手術をするために、患者さんを支える多職種の医療スタッフの底上げを目的としています。
手術というと、手技を学ぶこと、技術を磨くことばかりにとらわれがちですが、一番重要なのは、目の前の患者さんが笑顔になること。患者さんの幸せのために手術をするということですね。患者さんが何を望んでいるのか、どういう人生観を持っているのか理解した上で、もっとも適した手術や治療方法を考えることが大事です。一人ひとりの患者さんにオーダーメードで治療計画を立て、それを実現できるだけの技術を身につけなければいけません。
一人ひとりの患者さんの状態を見て手術適用を決める。手術適用を決めたらそれを的確な技術でやりぬく。若い医師にはこの二つをしっかり身につけてもらって、目の前の患者さんをハッピーにしてほしいですね。
独立行政法人 労働者健康安全機構長崎労災病院
長崎県佐世保市瀬戸越2丁目12番5号
TEL:0956-49-2191(代表)
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