県内全域に安心の乳がん診療体制を
日本人女性が罹患(りかん)するがんの中で最も多い乳がん。生活様式の欧米化により増加傾向で、最新のデータでは12人に1人の割合でかかる。三重大学医学部附属病院乳腺センターの初代センター長として、県内の乳がん治療に注力する小川朋子教授に話を聞いた。
―日本人女性の乳がんの特徴は。
欧米の人の場合、患者数は60歳以上は右肩上がりで増加します。一方、日本人の場合、45歳から55歳と閉経後の60代以降にピークがあるという二峰性という点が特徴です。他のがんと比較すると死亡率が高くはありませんが、罹患率は増加しています。
ちょうど家庭や社会でも働き盛りの時期に発症する方が多いので、検診の重要性を認識して、自分でできる検診の方法などの基本的な知識は持っておいたほうがいいと思います。
「母を乳がんで亡くした経験があり、怖くてなかなか受診できなかった」とおっしゃっていた患者さんがいましたが、
乳がんの治療は、昔とは大きく変化していて、亡くなる方は少なくなっています。検診によって早期発見をし、早めに治療をすることが大切です。
―乳腺センターのねらいや特徴は。
本学の乳腺センター(乳腺外科)は2008年に開設され、初代のセンター長として三重県内の乳がん治療に取り組んできました。
2004年、三重県には、乳がんの専門医が私一人。私が県外に出ていた2006年から2年間は、全国で唯一乳がんの専門医がいない県となってしまいました。
そのような事情もあり、当講座の大きな役割の一つは、乳がんの専門医を養成すること。県内のどの地区に住んでいる患者さんでも、その地域の拠点病院で、標準治療を受けられるようにしなければならないというのが命題です。
センターの大きな特徴は、医師が手術に特化している点です。先程、三重県内には乳がんの専門医がいなかったと言いましたが、そのため、本学では、腫瘍内科や放射線科の医師が、センターができる前から、乳がんの診療に深く関わっていました。ですから、センター設立後も、従来のまま腫瘍内科や放射線科と連携し、センターの医師は手術を中心に行うようにしました。
国内では、乳腺外科医といいながら、抗がん剤治療も行うケースが多く、外科の先生が新しい薬の勉強をしてマネジメントしているのが実情です。しかも薬も毎年のように新しいものが出てきますので、より専門的な知識が必要です。その点、当センターの医師は、薬物治療は腫瘍内科医が行うため、手術に集中することができています。2008年には100例、昨年は350例の実績となりました。
三重県の乳がん検診の受診率はかつて全国40位でした。2003年に、本学の当時放射線科教授だった竹田寛先生が、地域の病院と連携し「三重乳がん検診ネットワーク」を設立。おかげで、現在は国内25位となりました。
―センターの外科手術の特徴は。
ひと昔前は、乳房だけでなく、周辺の筋肉をも切除する方法が主流でしたが、現在は、乳房を温存する方法が中心となっています。手術によって乳房をすべて切除することになっても、お腹や背中の脂肪といった自家組織や人工物を使った乳房再建もできます。従来は自費でしたが保険適用となりました。
また、当センターの手術の特徴はオンコプラスティックサージャリーという概念で、がんの根治と、乳房の整容性の両立を目指していることです。このためには、がんを取りきり、きれいな乳房を作る形成外科の技術も必要です。
傷が残ってもいい場所というのは人それぞれ優先順位は違います。「脇の傷はノースリーブが着られなくなるから困る」「温泉が好きだから正面から見える傷は作りたくない」など考え方もさまざまです。乳房のどこを切開するのかを、女性たちの話を個別にじっくり聞き、気持ちにできるだけ沿って、QOLを大切にできるような手術をしたいと思います。
現在、センター1期生が育ち、県内の拠点病院に配置され、県全体で標準治療ができる体制が整ってきました。今後は、遺伝子検査など、標準治療のプラスアルファを大学が担っていきます。
―講座は女性医師が多いようですが。
乳腺センターということで、女性の患者さんを対象にすることが多いためか入局は女性が多く、現在、17人中15人が女性です。そのうち育休を2人、産休を1人が取得中。子育て中で、時短勤務の医師も1人います。
私自身は、元々消化器外科医で、昔の外科医の考え方を経験した世代です。「月月火水木金金」というかけ声のもと、24時間365日仕事という環境で育ちました。
しかし、それが20年も続くとどんなタフな人でも燃え尽きてしまうんです。私は同期の中で唯一の女性でしたが、今もメスを握っているのは私だけ。素晴らしい技術を持つ外科医が、長く仕事を続けられないという環境を何とかしたいんです。
ですから、これからの時代、無理をせずとも外科医が長く働ける状況をつくる必要があると思います。このためには、新しいシステムを考えなければならない。
当科も女性医師同士がどう連携するか、症例検討会の時間の選定、ワークシェアリングなど常に模索をしています。外科は医師不足といいますが、女性が働きやすい環境であれば、男性にとっても働きやすい職場になると考えています。
―医局員にどのような言葉をかけていますか。
同じ失敗は2回するな、失敗に学ばないと成長しないということを伝えています。外科は技術が一番です。自分のやった手術を直視し、きちんと結果と向き合いながら、がん再発ゼロを目指した手術をするよう精進してほしいです。