「いたわりの心」と「専門性」
乳がん罹患( りかん)率が高まる中、ますますその役割が注目されている乳がん看護認定看護師。
西日本唯一の認定教育施設で、「乳がん看護認定看護師教育課程」を設けている鳥取大学医学部附属病院医療スタッフ研修センターの廣岡保明センター長に話を聞いた。
―もともとは、第一外科にいらっしゃって現在は保健学科の教授ですね。
卒業後、消化器外科、小児外科、乳腺外科を担当していた第一外科(現:病態制御外科)に入局し、肝臓外科と乳腺外科を受け持ちました。そのうち、肝移植にも興味を持つようになり、本格的に勉強をして、鳥取県では1例目となる肝移植手術を手掛けました。
2007年に第一外科から保健学科に移ってからは、超音波診断学・細胞診断学(消化器外科・乳腺外科)を担当し、現在は、エコーを中心に教えています。大学病院には、勤務医だけでなく、検査技師にも高度な技術を持った人が多いので、後進の検査技師の育成に努めています。
また、昨年、鳥取県生活習慣病検診等管理指導協議会乳がん部会長を拝命しました。マンモグラフィー検査が検診に導入され、2016年度から視触診が省略されるなど、乳がん検診のやり方も時代とともに変化しています。こうした乳がん検診に関する情報を県内の医療機関に周知、徹底し、その精度を管理することが私の役目です。
―2012年からは医療スタッフ研修センターのセンター長も併任されています。
この研修センターは、看護師、検査技師、放射線技師など、メディカルスタッフの専門資格取得やスキルアップを支援するために、病院の下部組織としてつくったものです。現在は、主に認定看護師と訪問看護師を育成しています。
当センターでの認定看護師教育課程は、「がん化学療法看護認定看護師教育課程」「乳がん看護認定看護師教育課程」の二つ。これは、がん全般、特に化学療法や乳がんの知識、看護技術に精通した看護師の育成が目的です。毎年9月から3月までの約6カ月間に、615時間の講義実習を実施。受講生は、翌年の看護協会の試験に合格すれば認定看護師の資格を取得できます。
もう一つ、在宅医療推進のための看護師育成支援事業として、「在宅生活志向を持つ看護師育成」「在宅医療・看護体験」「訪問看護能力強化」といった三つのコースも設けています。
―乳がん看護認定看護師の教育課程があるのは、静岡、千葉、鳥取の3県だそうですね。
2012年、2013年で、がん化学療法看護認定看護師を、2014年、2015年で乳がん看護認定看護師を育てました。2016年から再度、がん化学療法看護認定看護師を育成する予定です。乳がん看護認定看護師は、全国的に増加傾向です。鳥取県は2012年度まで0人という状況でしたが、現在(2016年時点)は、7人に増えています。
乳がん看護認定看護師の育成に取り組もうと決めたのは、私自身が乳腺専門医だったこともありますが、乳がん患者さんのあらゆる要望に応えるには医師だけでは困難で、多くの職種の医療者がチームを組んで対応することが必要だからです。地域の病院にリサーチしたところ、乳がんに対するニーズが高かったことにも後押しされました。
これからは特定看護師の育成に取り組みたいですね。特定看護師は、今まで医師の監督下でしかできなかった特定の医療行為を、医師の包括的指示を受けて医師がその場にいなくても実施することができます。患者さんへのタイムリーな対応や、医師の負担軽減につながる存在として期待されています。
中でも麻酔の補助業務ができる看護師を育てたい。麻酔医が全国的に不足しているのに、なかなか増えない現状です。麻酔医が安心して、より安全な治療をするためにも、サポートしてくれる看護師を育てたいと考えています。
―認定看護師の具体的な役割は。
外来診療の際、次の患者さんが待っている状況で、医師が治療法や副作用などについて、時間をかけて説明をすることは難しい。ある程度説明をした後、医師に代わって患者さんに詳しい説明をしたり、家族に対するフォローも重要となります。患者さんにとっては、病気だけでなく、家族を含めたものが生活です。われわれ医師は、病気を治すことができても、家族に対する細やかなフォローまでは行き届きません。
「抗がん剤を注射したけど、お風呂に入っていいの?」「食事はどうすればいいの?」といった細かい質問への対応や、患者さんとその家族のメンタルケアにおいても、認定看護師の活躍が期待されます。
さらに、ほかの看護師を教育してもらうことも大事です。それぞれの現場で、高い専門性を持った看護師が、自分の持つ経験と知識をもとに周囲にアドバイスできれば、病院全体の医療の質の向上にも繋がるはずです。
実際に受講した看護師にアンケートをとったところ、「自信がついた」「うまく指示が出せるようになった」などの意見がありました。受講者の勤務先の看護部長さんに様子を聞くと、「とってもよくアドバイスできてますよ」とうれしい感想も届いています。本人にも病院にも良い影響が出ているようです。
鳥取大学で開講する目的は、山陰、中四国地区の看護師の経済的、心理的負担を軽減し、キャリアアップを支援することです。認定資格を取ることができる年代の看護師には幼い子どもを持つ人が多い。そうした状況で、半年間も家を空けて関東まで行くことは、なかなかできません。地元に近ければ通学しやすく、交通費や宿泊費などの出費も抑えられます。
私は兵庫県出身ですが、この大学を卒業して医師となり、鳥取の患者さんから多くのことを学びました。肝臓移植も、なかなか経験できるものではなく、とても感謝しています。ですから、鳥取大学のため、さらには鳥取県のために、還元したいという強い思いもあります。
―求められる人材は。
「人のためになりたい」という気持ち、「専門性を高めたい」という気概を持った人に、ぜひ受講してほしいですね。
ただ、専門性だけに固執してはいけません。忘れてはならないのは、「人をいたわる心」。そのためには、自分自身が満足できる生活を送り、心のゆとりを持つことが必要です。ですから、学生たちには、「まずは自分自身がしあわせになってね」と言っています。看護の基本である「いたわりの心」を肝に銘じてほしいですね。