一般財団法人 日本尊厳死協会 理事 白井 正夫
人は年齢順で死ぬのではない。それなのに「高額な終末期医療費が老人医療費を底上げし」と言われては、高齢者は肩身が狭い。まして「治療を差し控える尊厳死は医療費抑制に効果的」とは、ささやかれたくもない。「終末期医療とおカネ」の話は「患者の尊厳」と「医療財政の健全化」が係わる議論になるだけに、これまでなんとなく避けられてきた。それが"変"の気配である。
政府が6月に発表した経済財政運営指針「骨太方針2016」は「人生の最終段階における医療の在り方」に一項をさき、「患者本人による決定を基本として...」としながら「実態把握を行う」とも明記した。
「実態把握」の言葉に、敏感に反応したのは日本医師会である。終末期医療の在り方を財政の観点から検討し直す危なさを感じたようだ。
終末期医療の実態を把握するのは当然のようだが、ここは社会保障改革が柱の1本の「骨太方針」である。"タブー視"されがちだった議論に国がいよいよ踏み込むとも読み取れる。
「骨太」の財政観点 日医「尊厳」と注文
日医の横倉義武会長は6月末の記者会見で、内部の生命倫理懇談会で終末期医療の在り方を検討すると発表、「人間の尊厳を維持しながら、終末を迎えることも必要ではないかという観点がある」と述べた。つまり、財政の観点だけではなく、と注文を付けた。
横倉会長は9月、共同通信のインタビューにも応じ、改めて「財政の観点だけでなく、人間の尊厳ある死を国民と考えていくことが大切」と述べて、クギを刺した。地方紙に掲載されたので読まれた方も多かったと思う。日医が敏感なのには訳がある。10年前、終末期医療費をめぐり厚労省と見解が対立した。国の財政・医療政策を議論する場に厚労省が「死亡前1か月の平均医療費は112万円で、通常医療費の3倍近い」とする資料を提出した。在宅医療や家での看取りを推進すれば、国民医療費の膨張を少しでも抑えられると言いたげだった。
日医は「75歳以上入院患者の死亡前1か月医療費は41万円」と反論した。「仮に医療費抑制のために終末期医療を限定すべきという意見があったにしても、その理由は見受けられない」と、記者会見で応じた。
多死社会の医療費「在り方」議論にも
国民の1人当たり年間医療費は現役世代で18万円、高齢者世代で72万円、75歳以上の後期高齢者に限れば93万円(2013年度)。加齢とともに医療費が増えるのは事実だ。超高齢多死時代には国民医療費のなかで老人医療費の膨張は避けて通れない。
だが、財政観点に重きを置いて論じると、終末期医療の在り方はいびつなものになりかねない。今回、財政観点の思惑をにじませた「骨太方針」を推進する安倍晋三首相自身が以前、国会審議でこう答えている。
「尊厳死はきわめて重い問題だ。大切なのは、医療費との問題で考えないことで、あくまで自分の人生の最期をどう閉じるかを議論することが重要である」(2013年2月3日、参議院予算委員会)
さて、「実態把握」でどのような状況があからさまになるのだろうか。「死ぬ前の医療費は○○万円」という数字が並び、その多寡を論じるだけの不毛な「在り方」だけは避けて通りたい。
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