地域包括ケアを推進する基幹病院へ
永井病院は高知市春野地域で、患者の在宅復帰を見すえた医療を提供する慢性期病院。
市川德和院長に地域医療や健康寿命延伸のための取り組みについて聞いた。
■慢性期病院の五つの役割
厚生労働省は、団塊の世代が75歳を迎える2025年を目途に地域包括ケアの構築を推進しています。
「住み慣れた場所で安心・安全な生活の継続」をテーマに掲げている地域包括ケアシステムを推進するために、まずは居住環境の確保が必要です。それをベースとし、医療・介護・予防を提供していくのが地域包括ケアの基本概念です。その状況下、われわれが目指すのは、地域包括ケアシステムを推進する基幹病院になることです。
慢性期病院には五つの役割があります。それは「高度急性期後の患者さんを受け入れ、速やかに在宅にお返しする」「回復期リハをして在宅へ戻す」「非がん・がんの高齢患者さんの看取り」「在宅での緊急入院治療の受け皿」「身体疾患合併の認知症患者の受け入れ」です。
今は全国的に独居世帯、老老介護などが増え、世帯の介護力が弱まっています。病気そのものは大したものでなくてもその家族にとっては、お世話ができずに大きな負担となってしまうのです。
その人たちを高度急性期病院で受け入れていては、急性期医療はパンクしてしまいます。そこで、われわれのような慢性期病院が、その受け皿となるわけです。地域で医療を提供する場合、急変時の緊急入院的な受け入れと身体合併症を持った認知症患者の積極的な受け入れが重要です。
今年の夏は猛暑でした。熱中症になったり、体調をくずした人が多く、その対応に追われました。
軽症、中等症の患者さんは、われわれが診なければならないとの自負があります。また重症な人をトリアージして急性期病院へ送るのも私たちの役割です。
現在、救急車で搬送される高齢患者さんのうち、軽症、中等症の人が圧倒的な割合を占めると言われています。この人たちをいかに地域で診ていくかが重要です。「ときどき入院、ほぼ在宅」。これが私たちが地域で果たすべき役割です。
■病院の施設化が問題
病院の施設化。これが高知県の抱える問題です。病院の役割はあくまでも医療であり、福祉ではありません。各病院が在宅に戻すための努力をしないと、この状況は変わりません。
今の前期高齢者の方々は元気な人が多いですよね。その方たちが後期高齢者のお世話をするようなシステムをつくるのもアイデアかもしれません。しかし、それは病院だけで取り組めるようなことではありません。地域が一丸となってやらなければならないのです。そのサポートが病院に求められる役割ではないでしょうか。
■健康寿命の延伸のために
当院では保健予防の観点から、市民公開講座や理学療法士が地域に出向く健康教室などの取り組みをしています。
病院ほど医療の専門職が集まっている場所はありません。その専門知識を地域に向けて発信することが求められているのです。
私は高知県整形外科医会の会長を務めていて、これまでロコモ予防推進に力を入れてきました。その取り組みが評価され2013年に「運動器の10年日本協会」から奨励賞をいただきました。
最近はロコモに加え、フレイル(虚弱)、サルコペニア(加齢による筋力低下・機能低下)、認知症にも力を入れています。健康寿命延伸のため積極的に取り組む医師が、その地域にどれだけいるかが地域医療では大事なのではないかと考えています。
今後、管理栄養士の役割として、在宅患者に対するサルコペニア・フレイル対応が求められます。
■在宅服薬管理
今年の4月から、在宅服薬管理についての会を立ち上げました。外来の診察室でちゃんと薬を飲んでいるかを聞くとみなさん「飲んでます」と言います。しかし、ヘルパーやケアマネジャーが訪問したら、大量の薬の飲み残しがあった。そんなケースは多々あるのです。
また、お薬手帳を必ず携帯するという運動も始めました。もし、救急車で運ばれても、お薬手帳があれば、既往歴などが分かりやすいと思います。
細かなことを一つずつ徹底してやることも、地域包括ケアシステムの実践につながるのです。
■地域医療の面白さ
認知症や耳が遠い人(難聴)など、コミュニケーションが困難な患者さんの疾患を類推するのも地域の高齢者医療のやりがいです。
食事ができずに元気がない高齢者は、熱がなくても肺炎を疑わなければなりません。全身を診る必要性は地域医療をしていると気づかされます。また高齢者は一つの病気が解決すれば終わりではありません。その後も継続的に診ていく必要があるのです。最近外来診療において、「あなたは誰と生活していますか」ということは必ず尋ねることにしています。
地域というものは日本社会を凝縮しています。全国、われわれと同様の悩みを抱えているのです。
私が任されているのは小さな地域ですが、夢は地域医療にとことん汗を流すこと。少しでも良い医療・介護・予防体制を構築することです。私が後期高齢者になって世話をされる立場になった時、ひどい状況だったらたまりませんものね(笑)。とにかく今以上に発展させなければなりません。
■時代の転換期を迎え
院長に就任して10年。この間に社会情勢や国の医療政策の目まぐるしい変化を経験しました。日々勉強することの重要性に気づかされました。
現代の日本は、明治維新や終戦時に匹敵するくらい、時代の転換期にさしかかっていると思います。
日本の社会システム構築に携わっている先駆者であるという誇りを持てば、自ずと地域医療へのやりがいにつながるのではないでしょうか。
ただ明治維新の時と大きく異なるのは、国が進むべき道標を示している点です。われわれは、そこに向け、ひたすら突き進んでいきます。