地域と連携し、子どもの心を診る 精神科医を養成
長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部は昨年10月1日に長崎大学病院精神科神経科内に開設。今年3月1日に今村明教授が初代教授に就任した。
今村教授に開設の経緯や今後の取り組みなどを聞いた。
■診療部開設の経緯
長崎県では2003年に中学1年の男子生徒が4歳の男児を誘拐し、駐車場内で暴行・殺害。翌2004年には小学6年の女児が同級生をカッターナイフで殺害する事件が起こりました。いずれも未成年による重大な犯罪で、社会に大きな衝撃を与えました。
これらの事件を受け、長崎県は、さまざまな少年犯罪への対策事業を立ち上げましたが、2014年、再び佐世保市で高校1年の女子生徒が同級生を殺害後、頭部と手首を切断するという猟奇的とも言える事件が起こりました。
佐世保市の事件が県内の教育関係者や、子どもの心の診療を行う医師たちに与えた衝撃は計り知れないものでした。私自身もこの事件に家庭裁判所の嘱託医としてかかわり、強い衝撃を受けました。そして事件を検証していくうちにさまざまな問題点が浮かび上がってきました。
まず、児童・思春期分野の精神科医不足。これは長崎だけでなく、全国でも同様です。
また佐世保市の児童相談所の機能不全を外部から指摘されました。近年、児童相談所は児童虐待に軸足を置いていました。ただ、これまで佐世保市の児童相談所に精神科医が深く関わっておらず、医療と福祉の連携ができていなかったのは確かです。これは学校との関係でも同様で医療・福祉・学校の連携が十分になされていなかったのです。
このような悲惨な事件を二度と起こさないように県と長崎大学で検討を重ねました。そして設立されたのが私たち「地域連携児童思春期精神医学診療部」なのです。
■医師育成のために
私たちの最終的な目標は「行動に問題がある子ども」「精神的な偏りが大きい子ども」などに幅広く対応していくことです。しかし、前述したように児童精神科領域を診られる医師が不足しています。そこで私たちは児童精神科領域の専門医育成と「子どもサポート精神科医」の育成に取り組んでいます。
子どもサポート精神科医とは、大人だけではなく子どもの診察も行う精神科医という意味で、長崎県と当講座が認定する独自の資格です。毎月、離島を含めた県内全域に精神科医向けの講座や講演会をネット配信しています。それを受講し、しっかりとしたレポートを提出することで資格が取得できます。
ほかにも児童相談所をはじめとして、子どもの心の診療に関する専門機関との連携に力を入れています。
■発達症について
アメリカ精神医学会が出した精神障害の診断と統計マニュアル「DSM-5」では、これまで「発達障害」と言われていたものの日本語訳が「神経発達症」と表記されました。これは、子どもたちに対して「障害」という言葉を使いたくない、という学会からの配慮もあったわけですが、私たちもこの考えに賛同して「神経発達症」あるいは略して「発達症」ということばをつかっています。
DSM-5では発達症は「その症状が社会的、職業的、または他の重要な領域における現在の機能に意味のある障害を引き起こしている」と定義しています。このような機能の障害により発達症の人は「生きづらさ」を感じていますが、たとえ発達症の傾向を抱えていても周囲の理解や本人の努力で社会的に成功している人もたくさんいるのです。
大学の学生や社会的地位が高い人の中にも発達症に分類される自閉スペクトラム症の傾向を持つの人が大勢います。だから私たちは子どもさんの発達の偏りについて病気という表現はしないようにしています。
■愛着障害とトラウマ
生まれつきの発達症に絡むことで後々問題になるのが愛着障害とトラウマです。
愛着障害は生まれてから5歳くらいの間に、親との愛着の形成が十分できなかった人が発症すると言われます。自分と親との関係性が他者との人間関係の鋳型になるのです。幼いときに親がそばにいて安心感が得られるという環境はすごく大事です。それがうまくいっていないと、将来的に対人関係が不安定になってしまう可能性があります。
また発達症の人が複雑性トラウマを抱えてしまうと深刻な問題を引き起こします。
例えば自閉スペクトラム症の人は、記憶システムが一般の人と異なると言われています。自分が経験した出来事を録画、録音したかのように克明に記憶することがあります。特につらいこと、刺激の強いものほど鮮明に記憶する傾向があります。
その記憶がフラッシュバックしてくると、その場にいるような感覚に陥り、つらくなり、時に精神病様の症状を引き起こすことがあります。
■成人の精神科医療にも貢献
これまで発達の問題は、知的能力という一本の縦軸のみで論じられてきました。しかし自閉スペクトラム症は「社会的コミュニケーションの障害」と、「限局性・反復性の思考・行動様式」の二つの軸から判断する必要があります。自閉スペクトラム症の人はADHD(注意欠如・多動症)を合併している人も多く、その場合、自閉スペクトラム症の2軸に加え、「不注意」「多動性・衝動性」の軸も考慮しなければなりません。これまでの精神科医療とは異なるアプローチが求められるのです。
先天的問題と後天的問題両面から精神医療にアプローチできる医師を養成しなければなりません。成人の難治性・非定型の精神疾患の人にも、背景に発達症、愛着障害、トラウマを抱える人がかなりいます。発達症、愛着障害、トラウマを診る視点は、子どもだけではなく、大人の精神科医療でも、とても重要なものとなります。
私たちは、まだ小さなユニットですが、長崎の児童精神医学に貢献し、それを全国に発信していきたいと考えています。