一般財団法人 日本尊厳死協会 理事 白井 正夫
家督を倅(せがれ)に譲った清左衛門は、もう城に出仕することもない。言いようのない寂しさを覚え、この空白感は新しい暮らしの習慣で埋めていくしかないと、日記を書くことにした。名付けて「残日録」。隠居所に引きこもりがちな舅(しゅうと)を案じた嫁が家計報告にことよせて部屋を訪ね、机上の帳面を目ざとく目に入れる。
「いま少しおにぎやかなお名前でもよかったのでは...」。残日という名が心配げな嫁に、清左衛門は「なに、心配ない」と言い聞かせた。「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シの意味でな。残る日を数えようというわけではない」。
藤沢周平の長編小説、『三屋清左衛門残日録』(文春文庫)の一節である。私もそのフレーズに魅かれた一人で、持ち歩くダイアリーを残日録と称するからおかしい。
「日残り」が1日の暮れなのか、人生の暮れなのか、清左衛門の真意はわからない。ただ現世に目を移せば、「残り日」を数えることが多くなった。
わが「残り日」を簡易生命表で知る
2015年の「平均寿命」が厚生労働省から先日発表された。男性80.79歳、女性87.05歳。あわてて自分の年齢を差し引いてみて、あと○年か、と心配したり、安堵したりするからまたおかしい。
釈迦に説法になるが、現世に生きる人に平均寿命を基準に差し引きすること自体あまり意味がないからである。
厚労省が発表したのは「平成27(2015)年簡易生命表」。15年の人口動態集計で把握された1年間の死亡状況(年齢別の死者数や死因の動向など)から、各年齢の人が平均あと何年生きられるかの「平均余命」を計算している。0歳児の平均余命がその年の「平均寿命」となることはよく知られている。
厚労省ホームページの簡易生命表では、0歳から1歳刻みの平均余命が読める。
たとえば、65歳男性の平均余命は23.55年で、平均寿命より8歳近く長生きが期待できる。75歳女性の平均余命は19.71年もあるから、これまた平均寿命を数年上回っている。高齢まで生きると平均寿命があまり意味をもたなくなる。
平均値と言いながら人生の「残る日」数をどう算出できるのだろうか。簡易生命表の説明によれば「各年齢、性別の死因動向」がカギを握っているようだ。
死因動向が影響三大疾患が減少
人はいずれ何らかの死因で死亡する。医学の発達や社会環境の変化で、ある死因による死亡が減少すれば、その分だけでも死亡時期が先送りされて、余命が延びる。近年の変化は「がん、心疾患、脳血管疾患の三大疾患による死亡が減った」(一方、肺炎が増加)ことである。16年時点でもし三大疾患が除去できたら、75歳の男性で余命は4・35年、女性で3・89年延びるとする計算もできている。
さて、77歳のわが余命を見れば10・75年とあった。三大疾患の一つを持ち合わせているので満額は望むべくもないことは覚悟している。それにしても簡易生命表で平均余命を"告知"される世にあって、「昏るに未だ遠し」の構えだけは持ち続けたいのだが。
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