「断らない麻酔科」であり続けるために
―臨床面の特徴を聞かせてください。
産業医科大学病院の手術件数は年間7000件ほど。そのうち約5000件が麻酔科管理です。
患者さんは、手術を受けるために来院されます。ですから、その目的を果たすために、麻酔の確実性、安全性が求められます。麻酔自体が目的ではないからこそ、確実で安全な麻酔が大切なのです。
当科教授は私で3代目。初代の重松昭生先生(現北九州病院理事長)、2代目の佐多竹良先生(現産業医科大学病院長)の時代からの「手術を断らない」姿勢を踏襲しています。
病院によっては、リスクが高いことを理由に麻酔科が手術を断ることもありますが、われわれは、患者さんが危険性を理解され、外科系の先生方が「この患者さんを手術したい」ということならば、100%バックアップさせていただく。外科の先生方と良好な関係を構築しているというのも、強みだと思います。
断らないことで、当然、われわれのハードルは上がります。しかし大学病院は医療の最後の砦(とりで)です。他の病院で手術を断られたようなハイリスクの患者さんにも対応できなければなりません。ですから、最新、最高の技術の習得に貪欲に取り組んでほしいと、医局員には常々、話しています。
―研究にも継続的に取り組んでいるそうですね。
当教室では大きくわけて二つのチームで研究を進めています。一つは、外科的侵襲が免疫系に与える影響とその制御法の開発。もう一つが、慢性疼痛(とうつう)に関する発生機序の解明と治療法の開発を目指した研究です。どちらも日本学術振興会科学研究費補助金を獲得して継続的に研究に取り組み、国内外の学会で発表、雑誌にも論文を発表しています。
ただ、今の若い先生は研究よりも、専門医取得などの臨床に目が向きがちです。初期研修が義務化されたこと、大学医局の存在感が薄くなったこと、価値観の変化などさまざまな理由があると思いますね。
私が考える研究は、臨床で出てくる疑問からヒントを得て、仮説を立てて検証し、将来的にはまた臨床にフィードバックしていくもの。研究経験は必ず臨床にも生きていきます。若い人にも、ぜひリサーチマインドを持って研究に取り組んでほしいと願っています。
―教育面で大切にしていることは何でしょう。
診療でも研究でも、人と人との関係を築くことがもっとも大事です。私たちは、学生教育、初期研修、後期研修を通して、しっかりとコミュニケーションが取れる人材を育てていきたいと思っています。
麻酔科というと、「患者さんと直接会話しない」というイメージがあるようですが、けっしてそうではありません。手術前日の30分ほどの診察で、患者さんとの信頼関係を築かなければならないことも多々あります。
さらに緊急時、医師やメディカルスタッフのリーダー的役割を果たすことも多い。ですから、対話する力、チームをまとめる力をつけていってもらわなければならないと考えています。
―目指す医局の姿を聞かせてください。
この教室の教授になって1年余りになります。就任時、三つの公約を掲げました。
一つ目は、「上下関係にとらわれず、麻酔の楽しさを共有できる環境をつくる」ということ。ちょっとしたことでも若い人がスタッフに気軽に質問できる、質問しやすい、そんな雰囲気が理想です。
二つ目は、「過重労働を軽減し、労働環境を改善する」こと。大学病院は、超急性期病院です。役割的にも経営的にも、手術数を増やして、入院日数を短縮することが求められています。手術を増やすとなると、麻酔科医の仕事が増える。医師の数を増やすことが、第一の解決法です。
幸いなことに、今は毎年コンスタントに5人程度が入局しています。少ない人数で頑張ってくれている若い先生たちに報いるためにも、少しずつでも労働環境を改善していきたいと思っています。
三つ目は「女性医師が育児をしながらキャリアアップできる体制を整える」です。女性医師が産休育休から復帰する時、勤務時間など、柔軟に対応するようにしています。
例えば、長期間ブランクが空いた人は、大学病院でしばらく研修をしてから復帰する。フルタイム勤務が難しい場合は、1日5時間の時短や週に3日などの勤務にする。バックアップもしますし、関連病院にも、そのような勤務の女性医師に対応していただくよう、お願いしています。
以前は、時短勤務などの女性医師を敬遠する病院もありましたが、今はほとんどないようです。女性医師が増えたことで理解が進むと同時に、とにかく女性医師に戻ってきてもらわないと、医療の現場が回らなくなってきているという現状もあると思います。
―麻酔科医の魅力とは何でしょうか。
麻酔科医は、手術という侵襲から患者さんを守ることができる唯一の立場。患者さんにとって一生に一度あるかないかの一大事に立ち会い、何かあったときには患者さんをサポートするのが役割です。患者さんの全身状態をしっかりみることができるというのも、麻酔科医の良いところだと思いますね。術後の痛みもコントロールでき、無事に回復された姿を見ると、やりがいを感じます。
麻酔科医の中には、ペインクリニック外来で慢性疼痛の治療、緩和医療でがん性疼痛の軽減に関わる人、集中治療、救急医療で活躍する人、麻酔科医が経営上重要なポジションとなる急性期病院で中心的な役割を果たしている人などもいます。多岐にわたって活躍できる可能性があるのが、麻酔科医の魅力ではないでしょうか。