時間をかけて丁寧な診療を
島根大学精神医学講座には現在、10人の日本精神神経学会指導医が所属し、特色豊かな講座運営がされている。
堀口淳教授に教室の特徴などを聞いた。
◆漢方薬を使った治療
漢方治療は日本でもメジャーになってきており、今では全診療科で2人に1人以上の医師が漢方薬と既存の薬剤を併用していると思います。
現在、全国の精神科の病院にお願いして漢方薬の臨床試験をやっている最中です。統合失調症や自閉症の患者さんは、薬の副作用でパーキンソン病に似た症状を発症することがあります。そこで、それらの患者さんに漢方薬かプラセボを投与し、効能差についての研究をしているのです。
漢方薬の特徴は副作用が少ないことです。精神科の薬剤の中にもひどい副作用が出るものがあります。患者さんは精神の病に苦しみ、薬の副作用でも苦しむ。これはあまりに酷な話です。
それを漢方で補い、苦しんでいる患者さんをひとりでも多く救いたいとの一心で研究を続けています。
◆駆け込み寺のような存在に
六つの特殊外来(もの忘れ外来、思春期外来、睡眠外来、コンサルテーション・リエゾン外来、漢方心療外来、ストレス外来)を設け、専門的な立場から診断、治療をしています。
島根県には児童思春期領域を担う、日本児童青年期精神医学会の認定医が2人しかいませんが、その2人が精神科と小児科が組んでやっている当院の「子どものこころ診療部」に在籍しています。
原因は、はっきりとしていませんが、島根県は子どもの不登校率が全国トップクラスです。不登校の子どものなかには、精神疾患を抱えた子もいます。その子たちを思春期外来で毎週月曜日に診ているのです。
4月に開設したストレス外来は、「何でも診る」というスタンスです。いわばストレスに悩んでいる人の駆け込み寺のような存在になっていけたらいいですね。
◆患者さんの声に耳を傾ける
都市部の精神科クリニックなどは患者さんの数が多く、診療に時間をかけられないため、どうしても薬剤投与中心の診療になりがちです。
当院の特殊外来では、一人の患者さんをじっくり診るのが特徴です。最低でも1時間は、じっくり患者さんの声に耳を傾ける。それが私の信念です。精神科は、じっくり話を聞くことが、何よりの高度先進医療だと考えています。
精神科診療ですが、聴診器を使ったり血圧を測ったりして体をしっかり診るようにしています。体の安定なくして精神の安定はありません。
当たり前の医療が行われていない状況が散見されるので、そのようなことがないようにしてもらいたいですね。
◆国際交流
国際交流にも力を入れています。インドネシアにあるHassanuddin 大学精神医学教室のレジデントやスタッフと、インターネット電話を使って、毎月リアルタイムでの症例検討会や研究成果の発表をしています。
また同大学からは毎年、留学生も当教室にきており、活発な交流をしています。
◆恩師の存在
新臨床研修制度導入後に医師になった人に「恩師は誰か」と尋ねてもはっきり「この人」と答えられる人が少ないですね。今は研修でいろいろな病院に行くので、恩師が生まれにくい状況なのかもしれません。
医局制度が存在したころは、人と人との結びつきが今より強かったような気がしますね。私の恩師は愛媛大学の精神科で初代教授を務めた柿本泰男先生です。現在でも交流があり、先日も直筆の手紙をいただきました。
◆医療訴訟と新臨床研修制度
近年、医療訴訟が急増していることと新臨床研修制度は決して無関係ではありません。あいさつもろくにできない、常識がない医師が増え、患者さんと信頼関係が構築できていないからです。そんなことでは、まともな診療ができるはずがありません。
また、午前9時から午後5時までの勤務が当たり前だと思っているサラリーマン医師が多くなったことも嘆かわしい限りです。
昔は夜遅くまで医局に残って勉強するのが当たり前でした。今は、遅くまで残っている医師はベテランばかりです。当教室でも自発的に残って勉強する雰囲気になるのに10年かかりました。
◆祖父の死をきっかけに
私は愛媛県宇和島市の出身です。初めに医師という職業を意識したのは、小学校6年生のときに祖父がひき逃げされことがきっかけです。
即死に近い状態でしたが、近隣に脳外科がなく、病院をたらい回しにされた挙句、亡くなりました。その時に両親が涙する姿を見て、医師の仕事の大切さを痛感したのです。
中学、高校になると部活動にいそしむ毎日で、そんなことも忘れていました。しかし、高校3年生で進路に迷った時、祖父のことが頭の片隅に残っていたのでしょう。医学部に進んで医師になろうと決心しました。
島根大学医学部附属病院
島根県出雲市塩治町89番1号
☎0853・23・2111(代表)
http://www.med.shimane-u.ac.jp/hospital/