医療法人栄和会 泉川病院 泉川卓也 理事長・院長

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すべては苦しむ人のために

青雲高校卒業 2003 帝京大学医学部卒業 2004 長崎大学医学部附属病院研修医 2010 医療法人栄和会泉川病院循環器内科 2013 同副院長 2015 同理事長・院長

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―理事長・院長就任から1年、いかがですか。

 院長になり、病院経営に関して初めは何もわからず、手探りで歩んだ1年間でした。当院の理念である「地域社会に貢献し、愛され、信頼される病院を目指す」は、父が祖父から受け継いだもので、これを私なりに理解し、基礎となる部分は変えずに、時代のニーズに合った肉付けをしていかなければならないと思っています。

 しかし、これだけ医療制度が変化すると、当初考えていた肉付けする内容も変わってきます。これが一番の悩みどころでした。そこで、院長になる2年前の副院長就任時に、高校の同級生を病院運営のパートナーとして、統括部長という役職に迎えました。彼には各部署との橋渡しをしてもらい、各事務長、各部長の意見を取りまとめて私に報告してもらっています。思った以上にうまくいっていて、彼には感謝しています。

 副院長時代には、患者さんへの声かけや案内係としての役割を持つ「医療コンシェルジュ」のチームを作りました。このように、患者さんの満足度を高める一方で、職員のやる気も高めなければならないと考え、「この人、もっと伸びるな」と思った人材をどんどん重用して人事を再編したり、給与体制を見直したりするなど、病院内部の体制強化に努めてきました。

 また、妊娠・出産・育児・介護などで休職したスタッフが復職しやすい環境作り、ステップアップを目指す職員の支援など、院内体制をさらに充実させていきたいですね。また、就業時間内に仕事を終わらせてプライベートな時間を楽しめるよう、ワークライフバランスも重視しています。

 それには、今後、病院の経営をより安定・発展させていくことが必要不可欠だと考えています。

―熊本地震の際、貴院独自の「災害派遣医療チーム」が出動されたそうですね。

 1990年の雲仙普賢岳噴火の際、県内外から多くの医療部隊に助けてもらった経験から、災害時には被災した地域の手助けがしたいという思いがありました。また、私自身、3・11東日本大震災の時に、JMATとして被災地(福島県)へ派遣されて活動したことから、当院でも災害派遣チームを結成して活動したいという思いがさらに強くなりました。

 チームを結成したのは3年前で、現在は看護師4人、臨床検査技師3人、私の8人体制となり、年に2回ほど野営での訓練を行っています。素早く被災地に近いところまで行って被災者の手助けをすることを目的とし、地震発生後から約2時間で集合。その後さらに2時間ほどでトラックとバンに装備を積み、タンクに水を貯めて出発し、被災者の救助に向かいます。災害が起きたら具体的にどう活動するのかシミュレーションをしながらの訓練となります。

 4月14日、午後9時30分ごろ、熊本地震発生時の第一報では、被害がそれほど大きくないような報道でした。出動に関しては悩みましたが、すぐに招集をかけて15日午前0時30分に出発、同5時30分に熊本県益城町に到着しました。街の約3割程度の建物が倒壊していましたが、ライフラインも復旧しつつあり、救急隊も集まって来ていたので、「少しお手伝いをしたら帰れるのではないか」くらいに思っていました。

 その日はテントを張って野営し、メンバーが2人ずつに分かれて町の中を調査しながら、エリアごとにどのくらいの人がどこに避難しているのかが分かる地図を作りました。私はテントの中でけがをした人の治療をしたり、脱水症状の人に点滴をしたり、水の配布を行っていました。

 15日の午後7時30分には電気が復旧し、少し安心していたら、16日の午前1時30分ごろに本震が発生しました。私たちのテントもつぶれてしまうほど大きな揺れでした。避難中に落ちてきた屋根に挟まれた人がいて、たまたま居合わせた福岡県警の方たちと協力して救助することができました。その間も余震が次々と起きて、あちこちで建物が揺れたり壊れたり、恐ろしい音が響いていました。

 メンバーたちには「身の安全を第一に」と言っていたのですが、目の前で苦しんでいる人を見ると、医師として「人のために」という思いが湧いてきて、倒壊した建物に入って救助活動を行うなど、無茶な行動もとってしまいました。結果的に5人を助けることができましたが、メンバーの中には顎を切ったり、腕にけがを負ったりなど、負傷者が出たこともあり、大きな反省点であると思っています。

 その日は午前10時ごろまで活動した後、病院に戻ってチームを再編し、19日の早朝から22日の夜まで再び現地で野営しました。JMAT、DMATなどの支援が届きにくい、小規模な避難所の方たちのために、「小さなチームだからこそできること」を考えて活動しました。

 現地の被災された方たちにも多くの感謝の言葉をいただき、われわれも勇気を持って行動したかいがあると感じました。当院としては、地元の患者さんに対する医療を行うことを、もちろん第一に考えますが、災害時には、これからも支援活動を続けていきたい。熱い気持ちで医療に取り組んでいきたいと思います。

医療法人栄和会 泉川病院
長崎県南島原市深江町丁2405
☎ 0957・72・2017(代表)
http://www.izumikawa.or.jp/


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