精神科医療の現状と課題
「2025年、認知症の有病者数は約700万人」「中学生いじめで自殺」...。数多く目にする、精神科にかかわるニュース。福岡県の現場の現状や取り組み、そして課題は。福岡県精神科病院協会をたずね、冨松愈会長と、役員に話を聞いた。
■認知症700万人時代を前に
2025年には、65歳以上の高齢者が3人に1人、75歳以上の後期高齢者は5人に1人になると推計されています。
筑波大学や熊本大学などが行った疫学調査の報告(2012年)では、462万人が認知症で、その予備軍とされる軽度認知障害者も400万人。そのデータなどをもとに、厚生労働省は、2025年には認知症の有病者数は700万人に上ると推計しています。これは、高齢者の約5人に1人が認知症になるということを示しています。
今、私たち現場の医師も、認知症の患者さんの増加を実感しています。精神科では、主にBPSD(行動・心理症状)によって、一般科では対応が難しくなったケースを診ることが多くなっています。
国は高齢者と認知症者の増加に対応するために、社会保障と税の一体改革を進め、法律を策定してきました。福岡県内でも地域医療構想の話し合いが進められています。まだ結論は出ていませんが、現場は、その変化に対応しなければなりません。
■自殺者を減らす
自殺対策にも力を入れてきました。
警察庁の自殺統計に基づく全国の自殺者数をみると、2015年は約2万4000人。2009年の約3万2800人から、毎年、減少を続けています。
対策の中で、「これが効いた」と明確にいえるものがあるわけではありません。さまざまな取り組みが相乗的に功を奏したということだと思います。また、経済状況が少し良くなっていることも、自殺者減につながっていると考えられます。
自殺した方のうち、4分の3は、精神疾患が関与しているであろうといわれています。さらにその中のおよそ半数は、うつ圏内だったと推測されています。
自殺者の男女比は2対1で男性が多く、20〜40代の若い男性の自殺がなかなか減らない現状もあります。一方で、精神科のクリニックや病院で治療を受けている患者さんは、圧倒的に女性が多いのが現状です。
社会状況の影響を大きく受ける病気ですから、今後も、うつ圏内の方が大きく減ることはないだろうと思われます。職場のメンタルヘルス対策として、ストレスチェック制度も導入されましたが、どう受診、医療に結びつけるかが課題です。
例えば、久留米では、久留米大学を中心に、かかりつけ医と精神科医の連携を強化し、不眠などうつが疑われる患者を早期に治療に結びつけるシステムが始まっています。
■子どもたちの心と命を守るために
今、小中高生のいじめや自殺の問題が、数多く報道されています。
われわれは全国に先駆けて、県立高校の生徒に対する「こころの健康教育」を始め、継続しています。もう20年ほどになるでしょうか。福岡県医師会も賛同し、一緒に取り組んでくれています。
何か起こる前に、医療側と教育機関とがコンタクトをとるのは、なかなか難しい側面もあります。でも、子どもたちを守るために、病院の医師も診療所の医師も、大学の教授も一緒になって、行政に働きかけていかなければならないと思っています。
■医療は社会共通資本
宇沢弘文さん(経済学者、2014年没)が言っていました。教育や医療、環境などの社会的共通資本をないがしろにすると、日本の骨格が崩れる、と。私もそう思います。もちろん、国の財政的な問題はあるでしょう。でも、財務省主導の現在の改革では日本人が不幸になってしまうと思うのです。
国民皆保険の下、安い自己負担で医療を受けることができ、平均余命も延びました。「いつでも、どこでも、だれでも」。今後、どうなるのか分かりませんが、この国民皆保険制度は、崩すべきではないと思っています。
■被災地のため
熊本地震の被災地に、九州各県からもDPAT(災害派遣精神医療チーム)が派遣されました。被災地の精神科病院からの患者の受け入れも、4月27日現在で、42病院、計279人に上っています。隣県として、できる限りの協力をしたいと思っています。