講談社学術文庫 思索と経験をめぐって 森 有正
この土曜日に近所のコンビニで赤ワインを買った時、レジの若い男性が「こないだはどうも」とお辞儀をした。
その言葉で、日頃はメディカルスタッフになる専門学校に通っている彼に、次のような話をしたのを思い出した。
「頑張るという言葉には奉仕と犠牲の2つの顔がある。奉仕は自分を育てるから、それが投影して患者の心を豊かにする。犠牲は自分の命を削るから、その照り返しで患者が苦痛を感じる。頑張りさえすればいいと思うのは幼稚な判断で、頑張りが自他に、豊かさと苦痛のどちらをもたらすかを感じ取る目を常に持っておいたほうがいい」
哲学者森有正の「思索と経験をめぐって」は、かつて1カ月の読書量が20冊から40冊だったころの必然の通過点で、インドシナ半島にある米とハスと仏教の国で3年近く暮らした時に持参した1冊だ。ヤシやマンゴスチンの木の下で読みふけり、経験と体験、変化と変貌の違いを知って仰天した思い出がある。いろんな言葉の断片が、私の内面に土着した。
書物には知識を得るものと知恵を生じさせるものがあり、この本は明らかに後者。そういえばヒマつぶしの娯楽本もあるが、最近は手に取ることもなくなった。
(記=本紙編集長)