「耳鼻咽喉科の強みは『マイナー』であること」
昨年12月に着任した九州大学耳鼻咽喉科学教室の中川尚志教授。就任5カ月を前に、話を聞いた。
―九州大学の強みをどのように感じますか。
人数が多いこと、そして関連病院を豊富に持っていること。さらに教室員が、幅広い分野を、それぞれ高い専門性で、しかもチームで網羅しているというのが特徴です。
この「人数が多い」というのは、とても大きなメリットです。大学内で仕事をしている人だけでも25人ほど。さまざまな世代の医師がいるのも良い点です。
一般的には、経験豊富で勉強も積んできた中堅以上の医師が多いほど良いと思われがちですが、決してそうではありません。それぞれの世代で、受けてきた教育が違いますから、医師としての考え方が多少異なっています。若い人の新しい視点や考え方が、ベテランにも刺激を与えてくれるのです。
―福岡大学の教授を経ての就任です。
10年近く主任教授をさせてもらい、耳鼻咽喉科の中の多分野を統括してきたことは、大きな財産です。自分の専門以外の分野も指導してきた経験は、自分の専門分野にも役立つと同時に、指導にも生かせると思います。
教授職を長くやっていると、学内外の他診療科の先生方との交流もできてきます。その中で、他診療科から見た耳鼻咽喉科の姿を知るようになります。そこでまた、改めて、耳鼻咽喉科の立ち位置を考えるようになるんですね。
そんな中で、今、私が思う耳鼻咽喉科の立ち位置は、やはり「マイナー科」であるということ。そう呼ばれることを嫌がる人もいますが、マイナーであることが大切なのではないでしょうか。与えられた領域の内科から外科まで網羅する広がりと、その専門性の高さは、マイナーならではだと思うのです。
福岡大学では大学病院の副病院長もさせていただきました。九州大学やその関連病院を、外から見ることができた経験も、大きな財産です。今後は、九州大学教授として、また耳鼻科として、これらの病院に、経営も含めてどう寄与するのか、考えていく必要があります。
医師会関係、福岡大学のOBの皆さんとも交流ができました。医師会の皆さんと、また福岡大学、久留米大学、産業医科大学の皆さんとも一緒になって、さまざまなことを進めていきたいと思っています。
―これからの役割は。
地域包括ケアに、耳鼻科がどう貢献していくのかというのは、大きな課題です。
高齢者に多い嚥下障害や難聴に、医療的に関わるのは耳鼻咽喉科です。しかし、嚥下(えんげ)に関わるのが耳鼻科医だという認識が、医師の間でもまだまだ少ない。歯科の先生方ががんばっていらっしゃるので、そちらのイメージのほうが強いのではないでしょうか。
でも、1度肺炎を起こした高齢者の2度目の肺炎を、口腔の範囲だけの対処で防げるのかというと、半数は防げるものの、残りの半分は防げないのです。
日本耳鼻咽喉科学会が動き始めていますが、まだまだアピールが足りていません。しかも現場にはさまざまな問題があり、なかなか在宅・介護の患者さんに積極的に関われていないのが現状です。
例えば、耳鼻科医の中には、嚥下障害の訓練や指導を行う専門職「言語聴覚士」と積極的に関わることが大切だと思っている人がいて、私もそのひとりです。ただ、開業の医師が言語聴覚士を雇用してやっていけるかというと、資金的に難しい。さらに耳鼻科医は保険点数の関係で、多くの患者さんを診ないと採算が取れません。じっくりゆっくり話を聞くというのが、困難なのです。
とはいえ、そんな中でも、現在、内科主導で進む総合医に割って入る、もしくは総合医を育てる役割は、やはり、私たち耳鼻科医が担っていかなければと思っています。
難聴の患者さんが補聴器を購入する場合にも、関わっていく必要があります。これまでは、補聴器には、コンタクトレンズと違い、購入に医師が関わるしっかりとした制度がありませんでした。地域や販売員の力によって差がある現状や購入者の不利益を減らすために、現在は、補聴器相談医、認定補聴器技能者などの制度があります。
―世界も視野に入れなければなりませんね。
世界に発信することは九州大学の役目であると同時に、当たり前のこととして研究しなくてはいけません。若手が多く入局してくれますので、基礎の教室で勉強させることもできます。基礎の最先端で学んだことを、そのまま耳鼻咽喉・頭頸部領域に落とし込むことが、世界の最先端につながるのです。
―若手に願うことは。
医局員には、「40歳までは好きなことをしなさい。バックアップするから」と話しています。そして40歳を過ぎたら、すべきことを考え、行動してほしい。今の若い人は、計画を立て過ぎます。結果を初めから予想している。でも、それではおもしろい結果は出ません。
研究にしても、自由にやらないと楽しくないじゃないですか。耳鼻咽喉科についてだけ学べとは言いません。その研究が最先端であればいい。それが将来、耳鼻咽喉科の研究や治療に役立てられれば、それでいいと思っています。